敵と同じテーブルを囲むこと〜村上春樹の会見を見て〜

マイミクのSUGAR FIELDSさんが村上春樹の会見について書いていて、とても心に残ったので僕も書きます。

村上春樹会見全文訳

神戸新聞
http://www.kobe-np.co.jp/knews/HK000328/0001709644.shtml

簡単なのはあの場に行かないことだったと思うんですよ。だっていやなもの、自分のキライなもの、積極的に排除したいものなんて見なければいいんだもの。しかもそれで面子だって立っただろうし、脅しも受けないだろうし。

でもその積極的に排除したいものが、キライな食べ物でも、キライな音楽でも、行きたくない場所でもなく、自分と同じ人だったらどうでしょう?肌の色や、言葉は違うかもしれないけれど、同じ血が流れる人だったらどうでしょう?

僕らが生きていくには、敵と言える人は必ず出てくるし、気に食わない人はたくさん現れる。そのすべての人に対処していたら磨り減ってしまうし、だったらそんな人いなくなってしまえ!!と思ってもおかしくない。

ひとつの手段は殴りかかること。あまりに耐えられないときには殴りかかる。それで断裂してもう関わらない。それもひとつの手。でもその拳は必ず返ってくるし、拳が来なくても傷ついた心は取り戻せない。

もうひとつは見ないこと。いないことにすること。人生はそんなに長くない。そんなものにかまってる暇はない。それも正論。大人の対応だ。

でも、その人と折り合っていく道、仲良くはなれなくても、同じテーブルを囲んでご飯くらいは食べれる道はないんだろうか?

今回の村上春樹は敵の、自分の許せない行為を行った相手の懐に飛び込み、同じテーブルに座った。それはなぜ?自分の意見を伝えるため、そして相手を知るため。そう、人と人は対話なしには絶対に分かり合えない。以心伝心、あうんの呼吸、空気読め。そんなの嘘っぱち。そんなものは相手に対する甘えでしかない。

単純に悪意がある相手かもしれない。結局はまったくわかりあえないかもしれない。でも話をしなければ始まらない。目を見て、体温を感じて、声を聴いて、心を開いて、そこから何かが始まる。そこを排除してしまったら何も生まれない。この世界はやっていけない。そんな姿勢を村上春樹は示してくれたんじゃないかなぁ。そんな風に思うんです。

やっぱり言葉は大切。自分の好きな人にも好きという言葉をかけないとだめですよ。いつも一緒に楽しくやってる仲間に感謝の気持ちを伝えなくちゃだめですよ。となりの人の笑顔がその隣の人の笑顔を生み、それはいつか自分に帰ってくるんです。だから僕はみんなに感謝の気持ちを伝えます。どうもありがとう。

ちなみに嫁には毎日愛の言葉を伝えてるので大丈夫です(笑)

なんか宗教っぽくなっちゃったね(苦笑)昨日通勤の行きにも帰りにも妊婦さんに席を譲ったよ。誰か褒めてー!!(笑)って当然か(苦笑)でももしかしたら帰りの人は太ってるだけかも・・・。そうやって人を傷つけることもあるのさ。