GOING UNDER GROUND@QUATTRO

昨日はゴーイングのライブを見にクアトロ行ってきました。たおも一緒。夜の渋谷のセンター街を、スーツ着て赤ちゃんを抱っこして歩くとめちゃ目立つね。

ライブはたおもいるので楽屋モニターで鑑賞。まあ残念だけどしょうがない。みんなにたおを会わせることが今回の目的。みんない可愛がってもらったよ。


ゴーイングは今はっきりと変革の時を向かえている。新曲の「LISTEN TO THE STEREO!!」を聴いて、新しいアー写を見れば一目瞭然。ゴーイングは躊躇なくアクセルを踏み込んだ。

ゴーイングは青春を歌うバンドと思われてきた。まあそう言いたいのはわかる。でもゴーイングがその枠の中にいたのは「思春期のブルース」までじゃないかな。その後のゴーイングが描く世界には、必ず苦味が内包されてた。しかも青春の苦味というより、青春が終わった後の苦味。むしろそっちがメインみたいな。

だいたいゴーイングはそこら辺にいるメロコア上がりのビートバンドじゃない。モッズをルーツに、スカをこよなく愛し、様々な音楽を掘り下げるミュージックラバーがメロディーと言葉を紡ぎだして歌ってるんだ(ソウのDJは秀逸!!)。そこにビーチボーイズとクラシックをバックグラウンドに持つマルチなポップクリエイターがサウンドを操り、その脇をバカみたいに素直なベーシストとバカみたいにR&Rなギターが支えてる。はっきり言ってウィーザーしか聴いてない奴とは深さが違う。ゴーイングは音楽マニアに舐められすぎだと思う。

そしてゴーイングは青春を歌うバンドというレッテルを剥がしはじめた。そりゃそうだ、そんなバンドじゃないんだもの。誤解を恐れずに簡単に言えば、大人になった。いろんなものを背負って歌うことに決めた。それは伊藤洋一というキーボーディストの脱退がでかいと思う。

洋一さんの脱退は、簡単に言えば子供のためだ。そう、それは大人としての責任感が脱退に向かわせた。その時4人はどう思ったんだろう?音楽を続けることは無責任なのだろうか?特にソウは考えたんだと思う。子供を二人持つ父になったこと。それでもほとばしる音楽の情熱は消えていないこと。

今のゴーイングは音楽に正直になりながら、大人であることも受け入れた。それは立派な大人になるとかではなく、自分のやりたいようにやって、自分のケツは自分で拭くこと。遊びも本気でやるってことだ。だから今のゴーイングには大人の色気がある。

まあまだ全員がそのモードに突っ走れてはいないかもしれないが、目指すべき道は見えた。ゴーイングは進化する。物凄いスピードで。これは間違いない。今のゴーイングに昔の青春のイメージがないことに不満な人もいるだろう。でもそんなことを気にしちゃいけない。今のゴーイング伊藤洋一が見れなかった世界を見るために、もう一度アクセルを踏み込んだんだ。もう止まることはないだろう。

僕も2月にたおが生まれ、守るべきものができた。今までは自分はいつ死んでもいいように生きてきた。嫁が笑っていることだけがすべてで、自分が死んで嫁が泣くんことはわかっていても、死ぬことに不要な恐れはなかった。でも今はたおがいる。僕はどんなに不様でも生きなくてはいけない。たおが自分で生きられるようになるまでは生きなくちゃいけない。初めて未来をちゃんと考えた。その上で音を奏でること。そんな自分に今のゴーイングはシンクロしている。

今のゴーイング絶対支持宣言。後ろなんて振り向かなくていいと思う。ゴーイングは前だけを向くべきだ。今のゴーイングなら凄い曲が期待できるよ。


僕はこの笑顔を守らなきゃいけない。