8年目のラブレター

今日は僕ら夫婦の結婚式記念日。結婚式からもう8年。

嫁と出会わなかった自分のことを考えると怖くてしょうがない。前へ進む勇気もなく、忍耐もなく、責任感もなく、ただふわふわと漂うように、流されるまま流される。それが僕の正体だ。最近はいろんな人に褒めてもらえるけれど、それは嫁が僕を作ってくれたからに過ぎない。

僕の嫁は何も強制しない。これをやれというこもないし、これをやめろということもない。音楽に対しても、僕が続けようが辞めようが関係ない。でも、僕が作る音楽を最初に喜んでくれるのも嫁だ。そして最も評価してくれるのも嫁だ。

嫁の両親は教師。なので結婚を言い出す時は、しっかり身が固まった時だと思っていた。そして売れたら結婚するはずが叶わなかった僕は、就職をして結婚をした。就職した時、嫁はそれをうれしそうにするでもなく、悲しそうにするでもなく、ありのまま受け止めてくれた。音楽か仕事かの選択を迫られるわけではなく、僕の両手にはその両方が乗せられていた。

結婚式当日、嫁のとても幸せそうな顔をよく覚えている。いつも幸せそうな顔がさらにうれしそうで、その顔を見ただけで僕はとても誇らしい気分になった。このきれいな花嫁さんを幸せにしてるのは僕ですよ!みたいな。そう、嫁は僕に自信をくれた。

二人の生活は結婚しても何も変わらなかった。いつも二人でどこへでも。でも一人の時間も必要ならば用意される。縛りあうことはなく、いつでも二人は結ばれている。僕は嫁の笑顔を見たくてがんばり、嫁の悲しむ顔は見たくないから、いつも踏みとどまるべく歯を食いしばる。そう、嫁がいるから僕はいる。

そしてたおが産まれた。嫁曰く、僕への愛情もたおに受け継いで生んだんだそうだ。だからたおはお父さんを全力で愛してくれる。そう、このたおの愛情は嫁からの愛情でもある。だから僕ら親子は仲良しなんだ。幸せな愛情のリレー。バトンは今僕の手にある。

僕は一生をかけて嫁に恩返しをしなきゃいけない。死ぬまで嫁を愛して、この愛情に応えなきゃいけない。だけど、健康な嫁よりも、飲み歩いてフラフラしてる僕は先に死んでしまうだろう。男の方が平均寿命短いし。なので、僕が先に死んでしまった時には、たおに愛情のバトンを渡さなきゃいけない。あとはたおが嫁が寂しくないように、面倒を見てくれる。たお頼むぞ。

僕はたおが生まれたときに日記でこう書いた。「たお、お前はお父さんが、お母さんを幸せにするための、笑顔にするためのパートナーだ」と。そう、僕とたおのチームは嫁を幸せにするための、愛情リレーのためにあるのだ。僕はたおを愛情たっぷりに育て、その体に蓄積された愛情を、僕が死んだ後にも嫁へ与え続けてもらう。なので僕は今日もたおに愛情を注ぐ。愛情切れにならないように。たおを愛することは嫁を愛すること。

日曜日に友達の結婚式があった、僕は北海道から直接会場に入り司会を務めた。そこには幸せそうな二人がいた。新郎の友人も、僕のように嫁に愛されて今があるんだろうなぁと思っていた。音楽家は嫁が重要なのだよ。

僕はいい嫁に恵まれて幸せです。これからも嫁とたお、最高な美女ふたりとともに歩いて行きます。そして幸せのメロディーを奏でて、みんなの心にも笑顔が届けられるように頑張ります。

8年目のラブレター。まだまだ続きますよ。