愛される理由


最近知り合った24歳の女の子。ちょっとぽっちゃり気味で、特に美人なわけではない(ちなみに一番似てるのはベイマックス笑)。でも非常に愛らしく、一緒にいると可愛く見えてくる。あくまでも見える。これが大事。

顔がきれいかどうかというのはそんなに問題ではない。というかどんなにきれいな人でもすべての瞬間がきれいなわけではない。良く女優さんを貶めるように変な写真をアップしたりすることがあるけれど、瞬間瞬間で見たらどんな美人でも残念な時があるもの。勿論美人の方がきれいに見える瞬間は多いんだろうけど、それほど美人じゃない人だって可愛く見える瞬間はたくさんある。

結局どの瞬間が相手の記憶に残るかなんだと思う。だから自分が可愛い瞬間をわかっているのは強い。しかし、ここでそれを自覚して、殊更アピールをした場合、確実に相手には嫌な感じが伝わる。あくまでも自然に。それが大事。

結局は愛された記憶なんだと思う。愛された時の顔。それを体が自然にわかっていて、その表情が自然に出ること。それが愛される表情をわかっているということだと思う。その24歳の彼女は、お父さんお母さんもとても仲が良く、3人兄妹の末っ子で、お兄ちゃん二人とも仲良く、今でも自分でアイスを買うときはお兄ちゃんの分も買って帰るそうだ。この子は愛されて育ったんだなぁーというのが良くわかる。

自分でも「私は自分の顔のポテンシャルにしてはモテてきた方だと思います」って言ってて、そのポテンシャルの自覚も含めて納得。等身大。変な勘違いもしてない。それは無理をしなくても自分が愛される自信を持ってるから。たおもこんな風に育てたいなぁーって思った。愛された記憶が体の奥底に詰まっている子。

こんな風に育つのは、実は誰もがしてもらえるわけではない。自分が親から愛されていることを疑問にも思ってない人は親に感謝した方が良い。そういえば僕の結婚式のスピーチはこのことだった。泣きながら、場内がみんな涙してたスピーチ。親への感謝のスピーチ。

まあその隣でうちの母はゲロを吐いたんですけど(苦笑)

今日は実家に6連泊したたおをお迎えに行って来ます。久々の再会。ドラマチックなことは何もないです。