螺旋を飛び出す時


普通の20代ってどういうものなんでしょう?恋をして、友達と飲み明かして、語り合って。まあそんな充実した青春時代なんて妄想なのもしれませんけど、僕の20代はそんなものには掠ることもなく過ぎて行きました。

こう言うと、ミュージシャンの人には「そうだよなあ、音楽に明け暮れてたもんなあー」なんて肩を組みながら言われたりするんですが、僕はバンドもほとんどやらず、家にいただけでした。

シンガーソングライターですから、そしたら1人で音楽作ってたんだねえとか、路上なの?とか言われます。まあ音楽を作ってなかったとは言いませんが、どう言い訳しても、音楽に没頭してたとは言い難い、ただの何もない日々でした。だいたい20代は、デビューする20代終盤頃まで、人前で歌を歌ってなかった。全くと言っていいくらい。

じゃあ何をしていたのか。それは禅問答です。ただの会話です。その当時一緒に暮らしてた女性と、愛情とは、生きるとは、喜びとは。そんなことをただひたすら話していたように思います。何も生み出さない、何も動き出さない、そこをぐるぐる回るだけの日々。でも僕らはその時、そうでもしないとお互いに立っていられなかった。お互いの肩に寄りかかり、転びそうになって前に一歩を踏み出し、その足取りは柔らかな曲線を描き、結局元の場所に戻る。そんな日々。

あれはきっと、年の離れた姉と兄、そして両親に甘やかされ、特にいじめられることも、いじめることもなく、頭も悪いことも良いこともなく、運動神経も良くも悪くもなく、モテも嫌われもしない、とにかく大事件も大ニュースもない、平凡という字が顔に張り付いた僕が、何かを生み出すための通過儀礼のようなものだった気がします。もしかしたら社会勉強といっても良いかもしれない。随分閉じこもった社会勉強ですけど。

あの時期を超えて、歌詞を書くことを考え始めます。それまでは、歌詞なんて「あいうえお」で良いと思ってた人です。音楽が何を宿しているのかも考え始めます。音楽の中身を覗き始めたのです。

そこから僕の本当の音楽人生が始まりました。それは今もずっと続いてます。あの螺旋の日々から飛び出し、曲がりくねった道をただひたすらテクテク歩いています。その途中途中で、ライブをしています。大事な何かをそこに置いていく行為。大事にしている石をそっとそこに置いていくような。

6月23日、高円寺highにまた石を置きます。黒くて、あんまり綺麗な石ではないかもしれないけれど。でも大事な石です。名前はpavel。是非ともその石を拾いに来て下さい。待ってます。

6/23(木)高円寺HIGH
]出演:Pavel/sjue/サーティーン/the terminal stage
FOOD:Natural Hi-Tech Record軒

僕らの出番は21時です。