母親の愛情のシャワー


昨日は突然母親がやって来た。メロンをもらったからと持ってきて、そのついでだからと、畑で採れた自家製のジャガイモ、玉ねぎ、那須、ピーマン、キュウリ、インゲンを大量に、リュックに担いで持ってきた。もう75歳なのに、相変わらず驚異的な体力。

母親の愛情というのは凄いなあーとよく思う。理由や条件を必要としない、圧倒的な愛情のシャワー。これをしっかり浴びて育てば、自分への不安も乗り越えていけるんだと思う。この愛情のシャワーが自信を培養して、育ててくれるんだと思う。

父親の役目は、その隣で、しっかりシャワーが当たるように調整したり、その愛情のプールから子供がはみ出してないか、確認することだと感じてる。時にプールに水漏れがあったら、そこを塞ぐのも父親の仕事。

全ての母親が、シャワーの当て方が上手いわけではない。時には見当はずれなところにシャワーを当て続ける人もいるだろうし、子供は私にはシャワーがまったく当たってない…と感じてしまうこともあると思う。でも、基本的には愛情のシャワーを出してないお母さんはいないと思う。それは本能的なもので、母親の愛情には条件などない。何をやっても溢れてしまうのが母親の愛情。不器用な愛情でも。

自分が上手く育てられてないと感じる人は多い。でも、上手い下手はどうしようもない。その人の特性だし、状況、運にも座右される。だから、母親の愛情が足りないと感じている人は、周辺に散らばる、下手くそな母親が撒き散らした愛情を拾い集めてみるといい。不完全な愛情でも、そこには本物の愛情が含まれている。思春期はしょうがないけど、大人になったら許すしかない。下手くそな母親を許す。それは自分の人生を祝福する第一歩。

うちの嫁は毎日のようにたおを見て「たお可愛いね」と泣いている。もはやたおにとっては、おちょくる対象なくらいの涙。でもその無条件な、ダダ漏れな愛情は確実に伝わっている。まあいくらなんでも愛情深すぎやしませんか?とも思うけれど(苦笑)俺にもその愛情を少しは…。

たお抱っこのし過ぎでまた背中が痛くなってまいりました。愛情ってのは大変だよ。本当に。