小説トレーニング#4


将来小説を書くための小説的表現のトレーニング。凄い長くなってしまった。まあ小説ならこのくらい当たり前か。タイトルは「春」。




満員電車に乗ると背が小さくなった気になるのはなぜだろう?僕は身長175センチで、別段小さい方ではない。周りを大男に囲まれた訳でもない。太った男の鼻息が首筋にかかるわけでもない。でも自分が場違いな場所に押し込まれているという感覚が、そんな気分にさせるんだということは薄々気付いていた。僕の人生は暗礁に乗り上げていた。

父親はサラリーマンだった。別段それを嘆いてる姿を見たこともなく、充実した顔も特に記憶にない。父親は運命に流され、受け入れ、同じペースで呼吸をしながら生きていた。高度成長期というのはそんなもので、人々はそんな流れに乗って人生を生きて、人生を終えていった。大多数がそうだったので、誰も気にも留めていなかった。

そんな父を持っていたので、自分もサラリーマンになるんだと思っていた。なりたいものもなかった。ただ漠然と親の道筋を見て、漠然と歩いていた。何も選ばず、どこも曲がらず、ただ真っ直ぐと、道なりに歩いていた。そして気づいたらここにいた。

親の背中を見て、特に大きな反抗期もなく育ったのに、僕は父と同じ場所には立っていなかった。時代のせいかもしれないし、僕の努力が足りなかっただけかもしれない。間違えた角度は少しだけだったはずなのに、いつの間にか目的の場所からは大きく逸れてしまっていた。暖房の効きすぎた電車の中で、誰かと誰かが不倫した見出しを眺めながら、自分の間違いを思い返していた。何か大きな間違いをした覚えはなかった。でも正しい判断をした自信もなかった。

このギュウギュウ詰めの車内のほとんどの人が仕事をしていることが信じられなかった。仕事をして、お金を稼いで、ご飯を食べる。この単純な図式、この単純な因数分解が解けない僕のことを、みんなが笑っている気がした。本当は誰も人を笑う余裕なんてないのはわかっているのに、僕は1人で自分を憐れんでいた。反省ではなく憐れみ。自分を可哀想と思うような奴に、神様は微笑まない。したり顔のシンガーソングライターが、ヘッドホンから囁くように歌う。不倫でおろおろするような奴が歌う曲は、とても薄っぺらく感じた。でも、言ってることは正しいと思う自分もいた。

急に同じ車両で大きな声がした。ちょっと遠くてどんな人が声を出しているのかは分からなかったが、車内が少しざわついているのはわかった。痴漢?とでも思ったが、どうも歌を歌っているようだ。こんな朝から酔っ払いかよ…。隣にいた髪型から靴のつま先まで完璧に整えたスーツの男が呟く。僕もヘッドホンを外してみる。ムッとした空気の音が聞こえるような車内。でもそんな空気に御構いなしで、その歌声は響いていた。

「かーなーらーずー最後に愛は勝つ〜♪」

まさかのKANだった。しかもヨレヨレの酔っ払いが歌っているのかと思ったら、しっかりとした歌声で、ハスキーな、ポップな良い声で、その歌は歌われていた。伴奏はないのでアカペラだ。フルボリュームで歌う声が車内に響いた。

「しーんぱーいないからね〜♪」

まだ続くようだ。もう終わったと思ったらまた始まった。むしろあの無音部分は間奏のピアノパートだったんじゃないだろうか?タイミング的にそんな感じだった。思わず僕もリズムを取り始めていた。彼の歌はリズムも正確だった。

「おい、うるせーぞ!やめろ!」

さすがにそんな声も響き始めた。車内のざわつきがさらに大きくなってきた。ヘッドホンをしていた人達もみんなヘッドホンを外し、なんだ?という顔で周りを見渡し始めた。

「キャーリオーン、キャーリア〜ウト♪」

そこでさらに大きな声でKANは歌った。いや違う、KANを歌う人は歌った。すると衝撃の展開。さっきまで下を向いていた地味目なOLさんが、30前後くらいで、仕事はしっかりやります!という雰囲気の、とても常識的に感じるどこにでもいそうなOLさんが顔を上げて、眼鏡を外して歌い始めたのだ!

「パーン!バラパーンパン、バーン!パーん!」

まさかのピアノパート!朝8時5分の満員電車の車内に響く愛は勝つのアカペラ!2人は高揚していき、目を見つめ合いながら歌う。2人の歌は重なり合い、ユニゾンとなってさらに盛り上がる。

「しーんーじーるーこーとーさー!かーなーらーずー最後に愛は…」

そこでパン!という大きな音がした。静まり返る車内。車内の全員が音の方を振り返る。そこには大柄な、山男風情の男が広告を叩きつけて、さらに大きな声を出していた。

「愛は…愛は!…愛は…勝たんとです!」

彼が叩きつけた場所には不倫の記事が大きく書かれていた。ゲソ不倫。居酒屋でイカゲソを食べながら不倫したことでそんな名前がつけられた不倫記事。そこを指差しながら、彼は手を震わせ、声を震わせ、そして涙を零しながら語気を強めて言った。

「愛が!愛が!最後に愛が勝つなら、なんでサトコが!サチコ、じゃなくてサトコが!サト…」

山男の突然の告白に車内は戸惑った。何が起きたのかわからない人達は、なるべく関わり合いにならないように、窓の外に集中した。通勤快速は戸田公園を過ぎようとしていた。公園にはアンパンと牛乳を持ったおじさんが座っていた。隣に犬もいた気がしたが、電車のスピードが速すぎて確認出来なかった。

「それでも…それでも…」

KANは、いやKANを歌う男は小声で呟いていた。震えていた。そして急に混雑した車内を掻き分け、山男の方に近づいていった。ハゲたサラリーマンの足を踏み、ヒョロヒョロした学生を突き飛ばして山男の方に進んだ。それを見て、ハッとしたピアノパート担当の地味目なOLも動き出した。

車内は大混乱していた。満員電車は動く余地がないから満員電車なわけで、その移動には無理があった。でも世の中やってみないとわからないこともある。どこにも隙間のなかったはずの車内にうねりが生まれ、KANは、じゃなくて…もう面倒くさい、KANとピアノは山男の隣まで、まるでそれが約束されたようにたどり着いた。モーゼのように海は割れなかったが、それでもたどり着いていた。そして2人は目を合わせた。

「かーなーらーずー最後に愛は勝つー!!!」

全力で、山男の鼻先で、2人は歌った。涙を流しながら、山男の心にバイアグラを注入するように、サトコに届くように歌った。そして歌い切った。2人は晴れやかな顔をしていた。最後に愛は勝つことを信じてる顔をしていた。それを山男は震えながら下を向いて聞いていた。

しばらく車内は静まり返っていた。もう直ぐ赤羽に到着するアナウンスが響いた。その声はとてもよそよそしく、愛については何も考えていない声だった。車内の空気を1つも読めていないアナウンスだった。そこで山男は急に顔を上げた。その顔は悲しみも、喜びも、諦めも、怒りも、安堵も、そのどんな色を挿してはいなかった。そしていきなり2人の頬に拳をめり込ませた。

「お前の人生は俺の人生ではねぇ!」

そのめり込んだ拳は、KANから鼻血を流させた。その血は僕の白いシャツまで飛んだ。ピアノのメガネは吹っ飛んで網棚の上に引っかかった。息を飲む車内で、誰も何も言わなかった。殴られた2人も何も言わなかった。ちょうど電車はホームに到着し、ドアは開き、赤羽駅で降りる人波が濁流のようにホームへ飛び出した。その中にはKANも、ピアノも、山男もいた。そして車内には事情を知らない赤羽駅のホームの人達も乗り込み、何もなかったようにいつもの満員電車に戻った。騒動を知ってる人も、勿論知らない人も何も言わなかった。

ただ、僕の白いシャツにはKANが残した赤い鮮血が残っていた。それはまるで春先のてんとう虫のように見えた。場違いなくらいホンワカした色で、僕のシャツを染めていた。その赤い鮮血は、それでも愛は勝つと信じているようだった。迷惑なくらいポジティブだった。そして僕は気が付いた。赤羽駅で降りるのをすっかり忘れていたことを…。

僕は十条駅で降りた。折り返すのも面倒なので、そのまま仕事をサボった。とても天気の良い朝だった。「最後に愛は勝…」不意に僕の口をついたメロディー。「勝つわけねえだろ」吐き捨てるようにメロディーを打ち消す。コンビニで買ったビールを飲み干し、犬を連れたおじさんとすれ違った。少し汗ばんで、マフラーを外した。誰かが春の話をしていた。




エガワヒロシライブ情報

<ソロ>

2017年4月9日(日)赤坂グラフティ
しみりえpresents「ウタノエン」
出演:イナダミホ/エガワヒロシ/シミズリエ
12:00開場/12:30開演
前売2000円/当日2500円
(ドリンク付きランチセット1400円別
(お昼のイベントになります。エガワヒロシの出番は13時過ぎになります。)

<PAVEL>

4/19(水)高円寺showboat
出演:アイラブユーベイビーズ/FF0000/PAVEL
and more…
開場 18:30/開演 19:00
前売¥2500/当日¥3000(税込・別途ドリンク代\600)

エガワヒロシのチートロたこやき>

3/26(日)4/30(日)
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高円寺HIGH 高円寺ampcafe同時開催

チケット希望の方は希望人数とお名前を連絡ください。