才能は埋もれない


昔、作家交流会という作曲家の集まりに参加したことがある。各方面で活躍する人が集まるのかと思ったら、これからの人達の集まりで、むしろ自分がベテラン扱いで面食らった。でもそこで、その時に坂東邑真さんという、まだその当時学生の、とても若い女の子に出会った。その子は今や売れっ子作編曲家となって活躍してる。この中島愛さんのアルバムにも参加してるんだけど、物凄い大御所に囲まれてる!凄い!

https://m.youtube.com/watch?v=aMp75avgMcw

その交流会の時にはっきり思ったことを覚えてる。間違いなくこの子が一番才能があると。自分も含めて圧倒的にこの子だな、と思ったことが印象に残ってる。この才能は埋もれたら勿体無いと思って、あるプロジェクトにも彼女を推薦した。僕は作家交流会で一度会っただけの関係。でもそんなことは才能とは関係ない。まあそのプロジェクト自体は頓挫してしまったみたいだし、そもそも彼女の才能に見合わない仕事だったので上手くいかなかったけれど、その後の活躍を見てれば自分の目に狂いはなかったなと思ってる。若くて、けどDTM系ではなく、スタジオでストリングスアレンジも行う実力は他の若手とは一味違う。

ゴーイングに紹介した橋口君もそうだ。そんな親しい間柄ではなかったんだけど、才能は完全に光ってた。なのでゴーイングがキーボードを探してると聞いて、すぐに頭に浮かんだ。最後は悲しい別れになってしまったけれど、あの時橋口君を紹介した判断は間違ってない。

そもそもゴーイング自体もそうだ。その当時の新人発掘のディレクターに、三本のカセットテープのデモを聞かされ、どれが良いか感想を尋ねられた。その三本の中の一本はまだ桶川にいて、東京でライブをやったこともない若いゴーイングで、その音楽は圧倒的に輝いてた。

これは僕の目が優れてるとかいう話ではない。僕はこれから芽がでる才能を見極めるのは苦手だ。これから良くなるかどうかなんてわからない。でもすでに良いものならわかる。そしてそれは誰にでもわかる。

才能は埋もれない。才能があれば、少なくとも一度は絶対に陽の目を見る。ずっと輝けるかはまた別の問題だけど、才能あるものが誰にも見つからないなんて有り得ない。放ってなんておかれない。

だから誰にも見つからないのは才能がないんだと思ってる。それは自分を含めて思ってる。でも僕は、それでも自分の才能を信じて疑わないので、今日もまた音楽を作る。誰かが僕の音楽を理解して選ぶはずだと思ってる。まだその時がきてないだけだと思ってる。

自分が才能があると感じた人が活躍するのは嬉しい。正しい道がそこにあるんだと思えるからね。彼女の活躍に負けないように、自分も頑張らなきゃな。刺激になります。はい。