「信じる者は為せば成る(又はランバ・ラル及びハモン・ラル)」

 

 


今日は体力仕事だった。47歳になっても二十歳の時にやってたことと何も変わってない自分がいる。情けない気持ちもあるけど、悲しい気持ちは不思議とない。でも大人になるってのはなんて難しいんだろう?とは思って途方に暮れたりする。大人ってどこにいるんだろうね。歳をとればとるほど大人が見つからなくなるよ。

 


大人という幻想には薄々気づいてはいた。歳をとったら、先輩になったら、子供が出来たら大人になるのかと思ってた。けどそんな何かのスイッチがあるわけではなかった。あの落ち着いて見えた大人も、ただ虚勢を張るのが上手いだけだったり、歳をとって反応が鈍いだけだったり、ただ単に疲れているだけだったりした。それが真相だと、段々と理解していった。

 


落ち着いてたり、威厳があったりするのは別に歳をとったからではなかった。最初からある奴にはあるし、そういうものを得るためにがむしゃらに何かを貫いてた人には、それ故の積み上げがある。その積み上げが何かを宿す。そんな何のブラックボックスもないのが大空に大きく書かれた現実というもの。

 


魔法が欲しければ、魔法を信じて、愚直にその魔法を習得すべく腕を磨かなければならない。そんな人にだけ魔法は宿る。そんなのつまらない?だって魔法自体はいつだってマジカルで素晴らしいけれど、その習得に関しては無慈悲な現実があるだけなんだよ。まず愚直に信じられるか?そこが第一関門。

 


自分が愚直に出来ることは音楽を作ることだけ。しかも純粋なメロディーと歌詞。それだけ。でもそれを伝えるためには楽器もある程度弾かなきゃいけないし、アレンジもある程度出来なきゃいけない。音も作れなきゃいけない。そこは伝えたい人に伝わりさえすれば良いけれど、その基準は自分にあるのではなく、聴く方にある。だから努力するにも上限はなく、終わりだって見えてこない。ということは愚直に出来ることをするためには、出来ないこともしなくちゃいけない。そしてそれが出来るのが大人なのでは?と最近は思う。

 


大人って大変だ。大人って難しい。でも目指すのは悪くないチャレンジな気もする。

 


なりたいな

ハモンラルを嫁にする

グフを操るランバラル

 


季語なし