天才風の人

 

 


天才。僕は残念ながら天才ではない。少なくとも自分ではそう思ってる。良いところはあると思うけど、圧倒的なものではない。だから天才がする振る舞いなど許されない。

 


僕の働いてる会社に絵描きさんがいる。その人は芸術家ではあるけれど、社会人として適応出来るくらいのまともな感覚の人。でも彼女曰く、絵描きの世界にいる人はわけがわからんらしい。音楽なんてまだまだ音階があるだけまともなのかもしれない。

 


天才というのは常識に縛られないわけだから、常識的でないことも多々ある。マジか!ってことをしでかす人も多い。でもそういうしでかす人の大半は天才になりたい人、憧れている人なのが難点。

 


天才というのは天才的な作品を作る人であって、遅刻をしたり、リハーサルをすっぽかしたりする人ではない。もし天才でそういう人だったとしたら、作品にそんな人間であることが刻まれる。作品に出る。あぁ、この人は時間の概念が抜け落ちてるんだとか、人のとの関わり合いが捻れているとか。そうするとしょうがないかなぁーとか思ったりする。この作品を作るにはこの欠けまくった感性が必要なんだと納得する圧倒的な何かがある。

 


でも、大半の天才ごっこの人はまず作品を作ってない。作品ない。そして一部の人は作品が天才じゃない。天才じゃない人が天才ごっこを繰り返して人に迷惑をかけるのは、ただの怠惰で甘え。憧れのこじれたアピール。しかしこの天才ごっこの多いこと!

 


天才には憧れる。天才カッコいい。でも天才じゃない人がそのフリークスな部分だけを真似ているのはめちゃくちゃかっこ悪い。迷惑千万。

まあそうは言っても自分でもそういう部分はあるので、これは自戒を込めてだね。天才風の凡人ほど面倒くさいものはなし。凡人が良いものを作れないわけではないんだから。音楽や芸術が天才だけのものだったらつまらないよ。僕はそう思います。