逃げ顔

 

 


若いうちの苦労は買ってでもしろなんて言われますが、勿論進んで苦労なんて買いたくありません。でも50手前まで来るとその言葉の真実を噛み締めている自分もいます。

 


人の顔というのは、どう生きて来たかの証です。くぐり抜けて来たものが大きい人はタフな顔になります。そういう人はだいたい魅力的に映るのは確かです。たまに人を騙しまくって顔が曲がってる人、嘘ばっかりついて口が曲がってる人もいますけど。

でも、苦労して来た人の顔はそれだけでも味があり、結果が伴っていればさらに魅力的な顔になります。自信のお陰かな。

ただ、苦労をして来てない人の中には、たまたまそんな目に遭わなかったという人もいます。そんな人は平和的というか牧歌的な顔になり、それはそれで悪くないです。ほのぼのする。

 


じゃあ苦労なんてしなくても良いじゃない?という結論になりそうですが、そうではありません。大事なのはすべき苦労をすること。必要のない苦労というのは確かにあります。でも、前に進むべき場所で、待ち受ける困難から逃げないこと。それが人間を大きく、魅力的にするチャンスなんだと思います。そして決定的なのはそこで逃げて来た人は逃げ出す顔になっていくって事です。逃げ顔。

 


あいつなんか信用できないんだよなぁ?っていうのはだいたいこれです。あ、どうせ逃げるんだろうな、って顔をしてるんです。玉砕的な日本人精神論の話じゃないですよ。立ち向かうべき瞬間の話で。

 


僕も振り返れば逃げて来た瞬間がたくさんあります。デビューして弾き語りのライブをやるべきだったのに

「俺は宅録してなんぼの総合的な音楽家であって、路上の弾き語りの人と一緒にするな」

なんて言ってましたけど、あれは自信がないだけの逃げです。ライブについてはだいたいそうだったかもしれない。

 


でもサラリーマンになって結婚する時、社内初の男性育児休暇を取る時、会社を辞める時、そんな時は勇気を持って前に出てた気がしてます。そしてそんな時に共通するのは、自分の為だけではないこと。そう、嫁の為、家族の為というものがなければ、僕は勇気を持てないんだと思う。基本は逃げたがりの臆病者。家族がいなけりゃ何も出来ない弱虫の毛虫。

 


きっと今、勇気が持てない人っていると思います。でも、自分のためにだけじゃなく、誰かのためがそこにあれば、勇気を持てるかもしれない。そういう時には力が出るのかもしれない。

 


気をつけるべきはただ一つ。誰かの為にしたことがうまくいかなかった時、誰かのせいにしないこと。それをするのはクソみたいな人間。それだったら逃げた方がマシ。

 


鏡に問いかける。お前は逃げてないか?逃げ顔になってないか?答えは全て自分の中。誰かに聞いても無駄なこと。