圧倒的正しさと息苦しさ

 

 


コパアメリカもファイナル残すのみ。ホームの王国ブラジル対伏兵ペルー。まあブラジルが圧倒的に有利でしょうな。アルトゥール好きだなぁ。あれは凄い選手になるかもしれん。

 


ただ、今回のコパアメリカは圧倒的に楽しくない。その原因は明らか。それはVAR。あの圧倒的な正しさに南米の出し抜く美学は骨抜きにされ、詐欺師達はみんな沈黙することになった。

これがフェアプレイ精神の塊のようなイングランドだってらそれも良いでしょう。清廉潔白が大好きな日本でもありだし、理路整然を求めるドイツでも良い。でもそこは南米。南米の全てを使って勝ち抜こうとするあのしたたかさ。どす黒いまでの勝利への意欲。騙される方が悪いとされるようなふてぶてしさ。そんな南米サッカーの魅力は霧のごとく消えてしまった。味気ないとはまさにこのこと。

 


いや、きっとVARは正しい。本当に強い国が勝つんだろうし、強い国に有利な機器。圧倒的に正しく、文句のつけようがない。

でもね、サッカーって日本がブラジルに勝つような、不条理極まりない競技なんですよ。ギリギリの手を駆使して強者を倒す爽快感。それがサッカーの醍醐味だったはず。とてもアバウトで、キッチリしていない自堕落な国も参加できる。貧しい国だって、教育が整ってなくたって参加できる。そして勝つことができるスポーツ。そんないかがわしさを内包してるからこそ世界で一番人気があるんだと思うんですよ。エリートだけのスポーツなんて面白くないよ。

 


もう本当に世の中の正しくあれ!という圧力には辟易する。何もかもが正しくなければいけなく、間違ったものには罰を与える世界。親が子供を殴ったら犯罪だそうだ。そりゃそうだ、子供だろうが誰だろうが殴っちゃいけない。それが大原則。虐待する親からは子供を取り上げなきゃいけない。それでいい。でも人間が間違う余地は残してくれないのだろうか?ミスする余地は残してくれないんだろか?結婚した後に気持ちが揺らぐのは死刑のような悪なんだろうか?原則が全てなんだろうか?

 


原則と運用の間には曖昧な緩衝地帯があったはず。それが人間なんだと思ってる。それが人間らしさだと思ってる。それも許してくれないこの世界では、息が詰まって死にそうだ。

 


あぁ、マラドーナが恋しい。ロマーリオでもいい。誰が求めてるんだ?こんな世界。