行きつけのバー

 

 


大人になったら行きつけのバーなんてのがあって、いつもそこで飲んでいる。そんなイメージを持っていた。大人っていうのはそういうものだと。でも僕にはそんなお気に入りの場所は全く出来なくて。自分は大人じゃないんだな、と感じていた。

 


そんなある日、パパ友から「家の近くにレコードっていう名前のバーが出来たの知ってます?」と言われた。そんなのは初耳だ。そして場所を聞いてもそんな所にバーがあった覚えはなく。

 


ある日たおと公園に行く道すがら、パパ友から聞いたバーレコードの前を通ってみた。確かにある。とても興味を持ったけど、わざわざ「レコード」という名前を付けてる所にめちゃくちゃ話の面倒なアナログマニアがやってるんじゃないか?という懸念を感じ、しかも月曜から水曜までしかやってないというその「お客なんて来なくても良いんだよ!」という姿勢(勝手にそう思った)に二の足を踏んでしまった。そして頭の中には常にバーレコードがありながら、足を踏み入れない日々が続いた。

 


そんなある日、あと一杯だけ飲みたい状態で家の近くまで来た僕の頭に、バーレコードが浮かんだ。営業が水曜から土曜になっていたのも知っていた。ちょっと顔を出して、どんなレコードが置いてあるのか見てみよう。そんな気になった。そして名前を聞いてから数ヶ月経ったある日、僕はそのドアを開けた。

 


結論から言うと、そこにレコードは一枚も無かった。プレーヤーも無かった。そこには上品なママと素朴だけど美術とかが好きそうな女子大生がいて、お客さんはみんな穏やかそうな大人だった。

肩透かしを感じながら「レコードはないんですか?」と聞くと、ママは「みんなに言われるのー」と笑って言った。その笑顔にはとてもホッとさせる何かがあった。

 


そのママは僕と同い年で、とても魅力的な人だった。男女問わず色んな人を惹きつける匂いがする人で、お客さんは老若男女多岐に渡っていた。

お客さんもとても個性的で、でも大人で上品な人ばかりだった。しかも色んな職種の人がいて、話もとても面白かった。その中心にはいつもママがいるのだった。

いつしか僕はこのお店に惹かれ、定期的に通うようになった。いつも誰かがお土産を持って来てて、それを食べながら飲むととても豪華な一杯になり、なんてお得なお店なんだ!と思ってた。ある日には娘も連れてきてーとの声に応え、家族も連れて早い時間にちょっとだけ顔を出したりもした。おかげでたおは早くもバーデビューを果たした。

たまに美味しい料理を食べるイベントもやっていて、このバーが気に入った嫁が一人で参加したこともあった。点心を自分達で包みながら食べるイベントでは家族で参加し、たおは餃子を包むのを褒められてご機嫌だった。他のお客さんにもとても可愛がってもらえて、たおもお気に入りのバーとなった。

 


こうして僕にも行きつけのバーが誕生した。最後はあそこに行けば良いと思える場所。一人で行っても落ち着いていられる場所。

しかし、今月を最後にママは店を畳むとの連絡が…。とても寂しいけどしょうがない。ママにはママの人生がある。

 


そして僕はまた行きつけのバーを見失ってしまった。でも行きつけのバーとは何であるかはもうわかってるつもりだ。あの匂いがあれば良い。あの雰囲気があれば良い。まあそうは言ってもあんな素敵な店がそう簡単に見つかるわけはないんだけど。実際まだ後継の店は見つかっていない。

 


ママお疲れ様でした。素敵な時間をありがとうございました。もう一回くらいは顔を出せると思います。