つまらない大人にはなりたくない

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最近書いた歌詞を眺めていると、大人になる前。もっと言えば大人になりかけの歌が多いなぁーと感じます。

 


もう48で、大人どころかおじいちゃんがすぐそこの年齢になっても、そんな季節の事が思い浮かんで曲になります。不思議だなぁ。大人になれてないのかなぁ。48で大人になれてないってヤバイんじゃないか?と思ったり。

 


でも思うのは結局そこはモチーフなんだと言うこと。なりたいものとなりたくないものってのはいつの時代でもあって。未来というものがそのどちらに転がるのか?そんな不安な気持ちはいつだって胸にあるわけです。余裕で選択をしていく大人を想像していたけど、大人もその選択に苦しむのが現実。結局少年の頃となんら変わらない。ただ、その選択は生きて来た過程が豊富にある分、複雑になる。大人になって成長したって、選択の重さは変わらない。

 


少年期の歌詞を歌うおじさんに戸惑いを覚える人はいます。でも歌詞ってイメージの世界で、現実をそのまま歌うわけじゃないんです。言葉にできない何かを曲に込めるには、日記のように生活をそのまま歌っても伝わらない。だから強烈なモチーフが必要になる。それが少年が大人になる過程には多く存在するんです。みんなが共有出来る何か。

 


スピッツの歌詞が普遍的なのはそういうこと。思春期の淡い気持ちが散文的に表現され、簡単には読み解けない形で書かれています。それを少年のような、大人のようなマサムネさんの声で歌う事で、複雑なことが複雑なまま心に届いたはずなのに、胸の奥で溶けて普遍的な表現になる。歌詞の世界はとても不思議。素敵なマジック。

 


佐野元春さんが「つまらない大人にはなりたくない」と歌い、佐野さんは大人になった今でもその曲を歌います。佐野さんという人の心には、大人になる前の気持ちが含まれてます。大人が大人の気持ちだけで出来ていると思ったら大間違い。だから「つまらない大人にはなりたくない」と真正面から今でも歌う事ができる。そこに嘘はない。そしてそれは大人としても共感出来るんです。

 


歌詞は小説ではなく、欠けているものが沢山ある形式です。説明的な表現は文字数的に難しい。だからこそ、その足りないものを聴き手が埋める事が出来る。そして自分の感情でその場所を埋めた時、その曲は自分だけのものになる。それが歌詞の素敵な所。僕が作詞が好き理由です。

 


スピッツ佐野元春さんが同時期にニューアルバムをリリース、そして今度はオザケンが。歌詞の巨人達が動き出してます。僕も微力ながら、負けない作品を作ります。20周年の新作お楽しみにー。

 


エガワヒロシ20周年ライブ!〜まだまだ人生模索中〜」

12月7日(土)高円寺amp cafe

開場18時開演18時半

前売り2000円当日2500円

 


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