時間と幅、又は深さの問題

 

 

 

 

最近はSNSなどの影響なんだろうけど、小さな村社会が形成しやすいおかげで、自分の興味のあるもの毎に気の合う仲間が簡単にカテゴライズ出来るようになった。それはきっと心地良い時間でしょう。自分の意見が肯定され続ける世界。うなずいて終わるうなずきマーチの世界。でもそれでは視点が一つになるわけで、偏る事は間違い無い。なので色んな人と意見を交わした方が良いですよーと言うのは良く聞く意見。

 


一方、もうおじさんになって来て、息をしていられる時間はどんどん少なくなっていく。やるべき事、やりたい事なんて沢山あり、その中から取捨選択をしていかなくちゃならない。そんな中で好きでも大して興味もなく、意見も合わない人に会いに行くのは意味があるのか?幅を広げる為?人間の深さを得る為?限りある時間の事を考えると、何をするにも躊躇する自分もそこにいる。

 


まあ僕の大好きなどっちが正しいってわけじゃない話ですが、基本は会いに出掛けた方が良いよなぁーって思います。この人は面白いとか、嫌だなぁとか、そんな評価は何かの拍子に変わるから。自分の価値観を盲目的に信じるのは恐ろしい事。反対側の話も聞いてみつつ、自分の価値観には常に揺さぶりをかけていくべき。自分の考えって意外に脆いからね。まあ何回か会えばその人の評価って固まってくるし、しょっちゅう会って話したい!って人もいれば年に一回くらいじゃないとしんどいなって人もいる。2度と会いたくない!ってのはなかなかいないもんですよ。そしてどんな人でも何かしら得られるものはある。しんどい時はそう思いたいだけかもしれないけど。苦笑

 


それは音楽もで、自分がそんなに興味のない音楽も機会が来たら作ってみるのが良いと思ってる。最初は苦痛だし、うまく出来ないからどんどん精神的にやられていく。自分の場合はいつも不眠になるパターン。現在目の下のクマが増幅中。クマにビッグマフです。ミー!!

でもそのうちどこかで自分との接点というか、シンクロポイントが見つかったりする。するとちょっとその作業は楽しくなり、結果的に新しいスキルが手に入ってる。乗り越えた達成感みたいなのもある。

 


まあ暑苦しいおじさんの「苦労は買ってでもしろ!」じゃないけどさ、意外と無駄ってないんですよ。とても押し付けっぽい話で何なんですがこれ本当で。年を取る毎にそれは感じてます。そんな事を若者には伝えておきたいのだよ、おじさんは。うん。

 


とあう事で、現在新しい事に奮闘中のおじさんからでした。現場からは以上です。