定義

 

 

 

 

どんな自分になりたいか。それは自分で決められると思っている。そりゃ自由自在にどんな人にでもなれるわけではないだろうけど、自分がなれると思えたものにはなれるんだと思ってる。なりたい自分があるなら、自分で自分を「定義」すれば良い。それだけだと思う。

 

 

 

若い頃、自分にとことん自信の無かった僕は、いつも背中を丸めて、何かに怯えて生きていた。卑屈に背中を丸める自分が本当に嫌だった。

 

 

 

しかし20代前半のある日、突然思いついて、自分の事を「背筋を伸ばして歩く人」と「定義」した。何かを変えたかった。でも自分で今すぐ出来そうなことはあまりなく、そんな中で思いついたのが背筋を伸ばして歩く事だった。それから毎日背筋を伸ばして歩いた。それで少しだけ風景は変わった。

 

 

 

あれで僕の人生は少しずつ動き出した。結婚して、福岡に移住して、マスオさんになって、ラジオ局に勤め、離婚して埼玉に戻り、メジャーデビューしてミュージシャンになった。でも売れなくてサラリーマンになり、2回めの結婚をして、作詞作曲家になり、子供が産まれて、サラリーマンを辞めて主夫兼作詞作曲家になった。そこそこのヒット曲も出て、なんとなく職業として名乗れるくらいのミュージシャンになった。それが今の自分。

 

 

 

最初は背筋を伸ばす事だった。音楽を真ん中に置いて生きる事も意識して「定義」したものだった。子育てを主体的に行う事も自分で「定義」した事だった。全ては自分で決めた。決めたらそれをするだけ。そんな単純な事じゃねえよ!って怒られてそうだけど、僕はそんな単純に生きて来た。それも「定義」した事なのかもしれない。

 

 

 

物事はシンプル。目指してやる。目指したら最後まで、死ぬまでやる。それだけ。成功するかしないかは風任せ。だいたい成功って何なのかもわからんし。それさえも「定義」してしまえばいいのかな。

 

 

 

人任せにしてたって何も変わらないからね。自分で決めるしかないんだと思う。決めるだけ。ただそれだけ。