正しさのハンマー

 

 

 

 

コロナに対してやらなければいけない事。ステイホーム、マスクをする事、買い物は3日に1回。守らなければいけない事は数限りなく、そして、細かくある。そしてそれらを踏み外すと、監視に目くじらを立てる自粛警察がやって来る。

 

 

 

悪意があるならしょうがないけれど、間違ってしまった人、耐えきれなかった人、生活の為に後ろ暗い気持ちを持ちながらも扉を開いてしまった人。そんな人達が悪人として指差される。まあそんな事態は予想できた事だし、そんな人もいるわな、くらいに思っていた。特にネットなんかは過激になりがちだからね。

 

 

 

これは昨日友達に聞いた話。裏も取ってないから本当かは知らない。でもありそうな話だと思って恐ろしくなった。

 

 

 

ある東北の県で、感染者が出た。今までも感染者はいたけれど、だいたい県外から来た人との接触での感染であり、県内での感染者は実質ゼロ的な感覚が県内にはあったそうだ。しかしその人は家族で県外に出かけていた。そして家庭内感染が起こり、子供2人とお母さんは感染者となった。

 

 

 

ここまではしょうがない。こんな時期に県外まで出掛けるのは正しい事ではない。でもその理由はわからない。何かどうしても行かなければいけない理由があったかもしれない。単純に遊びに行ったのかもしれない。理由は明らかにされてない。だけどその家族は無条件に強烈なバッシングを受けたそうだ。村社会、田舎の狭い中で起きたミステイクは、集中砲火となって家族に降り注ぐ。

 

 

 

そして、その重圧の中で、その家の子供は高校を退学しなくてはいけなくなったそうだ…。そして信じられない事だが、周りの人達が、それは当然だという雰囲気だという…。他の地方の人に聞いても、それは当たり前だという。正しさを求め、ハンマーを振り下ろす。それは正義感なの?それともストレス解消?

 

 

 

裏も取ってないし、不確実な事なので、あくまでも仮定の話。それは強調しておく。

 

 

 

政府への批判もありだし、正しさの指摘もあってもいいと思う。でも、そこでハンマーを振り下ろすのは、そこまで必要な事なのか。1回止まって考えて欲しい。その言葉遣いで発信するのが正しいのか、その議論は建設的なのか。ストレスの溜まる状況なのは間違い無いけど、人間らしさ、理知的な態度、理性的な言葉は失いたくない。みんなが誰かを思うなら、その優しさが尖らない事を祈る。せめて、せめてピコピコハンマーくらいにして欲しい。ピコピコ鳴ったら和むだろうしさ。ピコピコ。