一つの箱

 

 

 

 

友達のFacebookでの投稿を見て唸ってしまった。そこの家にはたおと同じ5年生の男の子がいて。一緒に旅行行ったり、仲良くしてるので、その子の成長を見守っている一員であると、自分としては思っている。

 

 

 

その子はとても芸術的感性に優れていて、絵を描いても素晴らしいし(お父さんはアートディレクター)、鍵盤弾いて歌わせてもとても味がある。だけど普段の生活的には破天荒で、たおのお風呂覗こうとしたり、ダメという事は一通りやってみるような、まあ色々やらかすタイプ。でも純真で可愛くて「しょうがないねえー」ってみんなに笑って許してもらえるタイプ。

 

 

 

そんな男の子が学校で作ってきた版画が素晴らしくて。テクニック的に上手いとかではなく、太古のパワーを引き継いでいるような、神秘的でいて力強い、なんとも言えない作品を作って来て。それだけでも凄いんだけど、タイトルを読んで唸りまくった。小説のタイトルにもなりそうな、こんな詩を誰かが書いてても拍手を送るような、そんなタイトルで。一応作詞家でもある自分が見ても、これは凄いぞ…って思った。

 

 

 

「太陽なくなり月が出て

また夜になってまた朝に。」

 

 

 

これを小学5年生が書いた衝撃。俳句を習ってるのでその影響もあるんだろうけど、真似たりして出来たものではなく。本質的なものを掴んでいる人にしか出て来ない、そんなフレーズだと思う。

 

 

 

この才能を見るにつけ、普通の学校に通って日本の押さえつけられるような、一つの箱に押し込むような教育を受けて良いのだろうか?と思ってしまう。我が娘のたおみたいな人はいい。学校が模範とする箱の中にすっぽり無理なく収まる。その中でイキイキ出来るし、親の環境的にもそうではない世界を見せてもあげられるから丁度良い。

でも彼は違う。学校以外の世界は親が見せてくれるけど、普段過ごさなくてはいけない学校の世界は、苦痛とは言わなくてもピッタリ収まるものではないと思う。変な教師に当たって飛び出た所を削り取られそうになったり、変に頭が良い子に目をつけられたりしないか心配になる。

 

 

 

良い先生に出会えれば良いなぁーって思う。結局人は出会いで変わる。僕は高校一年生の時に、音楽で生きていきたいと二者面談で言って笑わない先生に出会った。高校生活は最低だったけど、その先生だけは信じられた。すっぽり箱に収まって、何も考えずに流れに乗って生きるだけだった自分が、前の嫁に会ってレールを外れる事を知った。レールを外れたらそこにも道がある事を知った。

 

 

 

真っ直ぐ育ってほしいなぁ。たおと会うのが嬉しくて、嬉しすぎてゲロ吐いちゃうあの真っ直ぐな純真さ。あんな子はそうそういない。10年後には凄い事になってると思う。

まあ親がそもそも平凡とかレールとか気にしないタイプだから大丈夫だと思うけどね。成長を見守りたい。楽しみ。