言葉の土着性とそのリズム

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ストリーミングが定着して気軽に新しい音楽が聴ける分、冒険もしやすくなった。今までだったら興味があっても聴けなかった世界の音楽が気軽に聴くことが出来る。

 

 

 

いや前だって色んな音楽を聴く事は出来たんだけど、英語圏の音楽と自国の日本語以外の音楽というのはやっぱり敷居が高かった。フレンチポップやジャマイカのレゲエ、ワールドミュージックブームなどはあったけれど、基本的にはマニアのものになってた。アフリカのヒップホップだの、南米のメタルだの、興味はあってもなかなか手が出なかった。

 

 

 

それがストリーミングで世界は一変。世界中の音楽にリーチ出来る。楽しいのはやっぱりその言葉。耳慣れない言葉がその音楽に乗る時、新しいリズムが生まれる。そのリズムの引っ掛かりがキャッチーなフックを作る。香水のドルチェ&ガッパーナもそういう事。

 

 

 

ソウル生まれ東京育ちのYonYonがハングル混じりのラップで登場した時はおっ?って思った。キリンジのアルバムに参加したのも良かったし、80KIDZとやった曲もかっこ良かった。しかもいつもハングル部分がキャッチーに聴こえる。そしてK-popに慣れた耳には、ハングルだけじゃなくて、日本語も英語も混じってるのが良かったんだと思う。余計にハングルがキャッチーに聴こえた。

 

 

 

そしてインドネシアギターポップとか、台湾のシティポップとか、そんなものにも触れてるうちにコロンブスの卵に出会う。それはまさかの日本から。天才登場と騒がれまくってる藤井風。彼の岡山弁の歌詞に耳を奪われた。それが地方性を押し出した形じゃなく、都会的なコードに違和感なく乗って、お洒落な匂いをまとったまま岡山弁を使ってる事にびっくりした。こんな所に金脈あったじゃん!と思った。

 

 

 

今考えればたかじんの「やっぱ好っきゃねん」の「好っきゃねん」の部分のリズムのシンコペーションとか、やたらキャッチー。まあ関西弁を使ったその手法は手垢に塗れてるけど、方言使いは思いつかなかったなぁ。それを都会的にやったのは藤井風が初めてなのかもしれない。

 

 

 

残念ながら僕は埼玉の浦和生まれなので方言がない。バリバリの標準語。でも世界で見たら日本語って希少種だからね。世界はネットの登場以来どんどん広がってるけれど、大事なものはだいたい足元にあるのかもしれない。世界に目を向けたからこそわかるものってあるから、閉じこもってるのはダメだと思うけども。書を捨てて街へ出て、家に帰って己を見る。そんなリズムが大事なのかもしれない。

 

 

 

そんな事はしっとーと!って福岡から聞こえてきそうだ。まんずまんずだな!って今度は秋田から!