煩悩か欲望か

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馬刺しが恋しい。長野の嫁の実家でたらふく馬刺しを食うのが、夏と冬の楽しみだった。年に2回は長野に行き、上げ膳据え膳の生活でとにかく馬刺しを喰らう。食べきれないほどの馬刺しを、夜から朝からとにかく喰らう。それが恒例の長野ライフだった。コロナで阻まれる俺の馬刺しライフ。いや違う長野ライフ。

 

 

 

この間、たまたま熊本料理のお店に入ったので馬刺しを食べた。それなりに美味しいのだけど、完全に馬刺しの量の感覚がバカになってて、全く物足りなかった。馬刺しとは思う存分食べるもの。そんな贅沢な感覚が今や自分の体には貫かれている。

 

 

 

人間は生活のランクを上げるのは簡単だけど、下げるのはとても難しいそうだ。そういえば貧乏だった頃、気軽に自販機でジュースを買えるようになりたいと思ってた。気軽にファミレスでセットを頼めるようになりたいと思ってた。あの頃の自分にとって贅沢とはそんなものだった。とても小さな願いは今現在叶っているけれど、なんて小さい願いだったんだと驚きもする。クラーク博士もびっくりだよ。大志はどこに?

 

 

 

なんだかんだで少しずつ生活レベルは上がっているって事だ。でも結局センベロで満足な自分がいるし、レコード買えたら満足だし、個人の贅沢レベルはこのくらいで高止まりな気がする。これ以上という欲が無い。衣食住はこれくらいで良い。そんなんじゃ男じゃなか!と言われたら、男じゃなくても良いのかもしれんと答える。誰かに怒られるかな。

 

 

 

あと自分の中にある欲望は音楽が認められたい。それだけだ。モテたいとかもだいぶ薄れて来たし、それ以外の欲望は捨て去って来ている気がする。でも、音楽を認めて欲しいという欲望だけが捨てられない。これが煩悩ってやつなのか?いや、これを煩悩と呼ぶなんて許せない。これは使命。希望。名前は何でも良いから必要なもの。異論は認めない。これは定説だ。ライブスペースもビックリの。チャクティパッドで毛が抜けるくらいの。まだ死んで無いです。魂は生きてます。はい。心臓が止まっても。

 

 

 

そして今日も音楽の事ばかり考えて過ごしている。たまに引退は頭に過ぎるが、まだ頭の中から音楽が退場する気配はない。音楽を、死ぬまで音楽を作りますよ。最後にはヨボヨボブルースとか歌いたい。死ぬ間際に響く漆黒のブルース。そんな最後が目標だ。響け俺の音楽。俺のブルース。