不良と完成度と友情の音楽

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この間友達と話してた時に、結局かっこいい音楽って不良なんだよねーって言われてキョトンとしてしまった。自分には全くない観点で。

 

 

 

我が中学の母校は大ヤンキー学校で、同じ学年に逮捕者が何人も出てるような学校なんだけど、そんな中だからなのか、自分はヤンキー系には何もハマらなかった。漫画にもハマらなかったし、バイクにも興味持った事は一度も無いし、タバコも一箱吸っていらないなと判断した。ヤンキー臭のするものでハマったのはボウイくらいか。あれをヤンキーというとファンには怒られるかもしれないけど。

まあその友達に言わせれば、ヤンキーじゃなくて不良なんだよ!って事らしい。ストレイキャッツとかラフィンノーズとかはヤンキーじゃなく不良なんだと。僕もどっちも好きですけど、やっぱりわからない。自分は音でしか聴いてないのかも。

 

 

 

そしてこの間、友達がツイッターであるアメリカインディーの完成度の高い音楽を引用して、このくらいの完成度、このくらいの高みに行かなくちゃ、音楽なんてやってる意味ないと言っていた。僕はまたキョトンとしてしまった。

 

 

 

完成度が高いほど良い音楽という感覚が自分にないのが一番。そしてどこかで垣間見える綻びみたいなものがとても愛おしい人なので、完全無敵超人みたいな音楽は尊敬はするけれど、目指したいとは思えず。なんというか、呼吸もできない音楽にはそれほどシンパシーを持てないわけです。それは音楽的に怠慢なんだと言われたら、すいませんと謝りますが。

 

 

 

でも、違う友達に、最近のDTMミュージックの流れから、「毎日1人で音楽作ってるけど、本当はみんなでワイワイやりたいから音楽始めたんだよね」と言われた時はまたまたキョトンとしてしまう。バンドマンの考え方で理解も出来るけれど、やっぱり自分にはその色はない。1人でベッドルームで音楽を作るのが自分の根本。他の人はあんまり関係ない。

 

 

 

同じ音楽だとしても、こんなにも考えが違う。そしてどれも正解だと思うし、自分にはどれも正解ではない。それぞれに良い音楽、目指す音楽、かっこいい音楽の定義がある。このそれぞれ違うけど、出来上がった音楽を聴けば認め合える「音楽」というものが愛おしいなあーと思うと共に、違いがある事も絶対に忘れたくない。全くわかんないのもあるけどさ、実際は。

 

 

 

自分が大事にしてるのは何だろう?高揚感かなぁ。何かと言われたら。ワクワクすっぞ!みたいなのは好き。あとは適温のメロディー。適温って所が大事。まあ言葉に出来ないから音楽にするんだけどね。音楽の事を考え出すと、永久運動のように考え続ける事になりますな。グルングルン。そして元の位置に戻る。またこの風景か。やれやれ。