腹を括る

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人は大事な事に直面したら、腹を括らなくてはいけない。それがないと結果は中途半端に、または目も当てられない惨状になり、最終的にはその場には居られなくなる。これは仕事だろうが、生活だろうが、人間関係だろうが変わらない。腹を括らなければいけない時は来る。ある。

 

 

 

でも、人間はそんなに強くない。四六時中腹を括っていたら、腹はボロボロになり、切腹でもしたかのようになる。傷があちこちに見られ、血は滲み出て、ひどい時には内臓が飛び出る。そんな目には会いたくないので、人は腹を括る場所は選ばなきゃいけない。ここは!って自分が感じる場所、覚悟が出来た時にのみ、腹を括る。

 

 

 

恐らく、僕が最初に腹を括ったのは最初の結婚の時。22歳。道は全て八方塞がりで、僕の狭い視野では道はそこにしか無かった。なので腹を括ってその道に進んだ。今でもその決断には一つも後悔はない。

 

 

 

そして2度目は26歳。離婚をして、やっぱり音楽の道に進む為に戻って来た。沢山の人に迷惑をかけたけれど、あのままなんとなく生きる事は出来なかった。あの決断が無ければ今の自分は姿形もない。

 

 

 

そして3度目は結婚する為にサラリーマンになった時。両親が教師の嫁と結婚する為に、僕は音楽を少し引っ込めた。あの決断を今も後悔はしてない。他にもやりようはあったんだろうけど、そんな解決策を考えつくような力も無かった。今の道に続いてるのはあの決断。嫁とたおの笑顔はあの決断の延長線上にある。

 

 

 

人間腹を括るときというのはそんなにあるもんじゃない。腹を括るのは、自分にできそうにもない、自分で自信が持てないものに突き進む時。自信があるものだったら腹を括る必要はない。腹を括るのはとても勇気がいることだし、簡単ではない。それは自分の為、本当に大切な人の為、家族の為にしか出来ない。だからあんまり腹が括れないことで自分を責めないほうが良い。ダメな所もあっていい。あって当たり前。あんまり自分に厳しすぎると壊れちゃう。まあ腹を括るつもりが最初から無い人はいるけど、それはそれ。何も手には出来ないかもしれないけど、人の人生にとやかく言うのもね。自分が行かなきゃいけないって判断するしたら、判断できたら、それが腹を括る時。その時は重い一歩を踏み出す。

 

 

 

自分に厳しくするか、甘くするか、その判断って難しいなぁーって思います。でも自分のエマージェンシーコールには耳を澄ませた方が良いかな。難しいけど、それは命の話になっちゃうから。生きてこそよ。そこだけは忘れずに。