勝ち負け

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91歳のおじいちゃんが「ここまで来たら勝ったも同然」と言ったという話を聞いた。凄い。自分の命が残り少ない事を自覚した上で、自分の人生の勝ち名乗りを上げる。その力強さには感嘆と共に憧れるものがある。しかし、それでもまだ同然であって、勝ちではない。まだまだこの後はわからない。その現状認識がまた素敵だなと思った。

 

 

 

さて、僕の人生は勝っているのか?その昔、メジャーデビュー経験もあり、今でもワンマンを開催できるくらいのあるバンドマンに、エガワさんは勝ち組だと言われた事がある。その頃はサラリーマンしながら音楽を続けてた時で、音楽の成功もなく、シンガーソングライターとしての人気もなく、サラリーマンとしての出世など勿論ない頃で、このどこが勝ち組なんだろう?と不思議に思った。でも嫁と子供にも恵まれ、音楽活動も地道に出来てるんだからと言われ、見る人が見たらそんな風に思うんだな、と飲み込んだのを覚えてる。見る角度によって全然感じ方は違う。

 

 

 

まあ人生なんて勝ち負けじゃないってのはそうだと思う。でもその勝ち負けって結局自分との勝負なんだよね。人と比べてじゃない。だとしたら勝ち負けはあると思う。自分の思ってた人生であるかどうか。その判定。そして自分の思った人生を歩めてる人なんてほとんどいないので、そういう意味では大体が負けとなる。世界中がルーザーだらけ。ルーザーの群れが彷徨い歩く。ゾンビみたいな死に損ないの群れ。

 

 

 

じゃあそのおじいちゃんはただ特殊な成功例なんだろうか?いや、それは違うと思ってる。多分、人は皆、自分の求める人生を修正していく。少年の頃の大志を捨ててと言うと寂しく思っちゃうけれど、現実とすり合わせながら、自分の未来を修正していく。大事な核の部分だけをしっかり守りながら、枝葉を捨てて行く。すると最後に真ん中の何かに辿り着く。それに気がついたから、おじいちゃんは勝ち名乗りを上げたんじゃないかな?若造の妄想で申し訳ないけれど、そんな風に思う。

 

 

 

僕の人生は、少年の頃に思っていた姿からしたら圧倒的に負けです。中学の卒業文集に「ミュージシャンになる!」って書いてあったので、それ叶ったんだから良いのでは?とも思うけど、自分が思ってたのとは全然違う。こんな一輪車の練習待ちで冷めたコーヒー飲んでる姿は想像してなかった。もっとヒットチャートを賑わし、キャーキャー言われてるはずだった。

でも、それは現時点でのもの。おじいちゃんが勝ったも「同然」というように、僕の負けはまだ確定してない。自分の音楽が世の中に沢山流れる事はまだ諦めてない。ただこれからキャーキャー言われようとは思ってないし、自分が表に出てとかもあんまり考えてない。僕も自分の人生の勝ち、そして価値を修正している。もっと枝葉は捨てて、自分の核を見つけ出さないといけないのかもしれない。

 

 

 

たおや嫁を悲しませてまでとは思わないけれど、たおや嫁を言い訳にはしない。自分の人生のルールはこれだけ。これを踏まえて勝負して行く。勝負はこれから。コツコツとパンチを放ってKOを狙う。負けず嫌いなんで、まだまだ負けは認められないです。まあ才能はないけどさ。そのくらいは理解した。でも音楽って才能なくても出来るんだって事も証明したい。僕、パンクロックが好きなんで。