毒親

f:id:egawahiroshi:20211201110502j:image

 

毒親という言葉がある。文字通り毒になる親。そう聞いてどんな人を想像するだろうか?虐待を繰り返す親、子供をアクセサリーのように扱う親、自分の理想像に子供を無理やり嵌め込もうとする親。それらは確かに毒親に見えるけど、本当に毒親かどうかはわからない。だって毒親かどうかを決めるのは子供なのだから。

 

 

 

そうは言っても今あげたような親は、子供がどう思おうが毒親だろう。子供は根本的に親を否定したくないし、愛して欲しいと思ってるから、盲目になってる事も多い。ここで言いたいのは逆の話。他人から、または自分から見て悪くない親だとしても、子供にとっては毒親の可能性があるって事。子育てにおける愛情は親の自己満足ではいけない。子供がどう思ってるかを常に気をつけなくちゃいけない。しかも親を愛したいと思う気持ちに甘えずに、しっかり親が出来ているのかどうか。

 

 

 

僕は子供が産まれる前から、子育ての事を考えて来た。身近に幼少期の子育ての影響で、荒地を歩まざるを得ない人達を見てきたし、義理の兄が早く亡くなったこともあり、姪っ子2人の子育てにも直面した。昔付き合った彼女は育て直しの傾向があり、同い年でありながら親の役目を度々していた。とにかく考え続けてきた事はアドバンテージになってるな、と感じてる。

 

 

 

親には定型はない。そして答えもない。答えは子供の心の中だけにある。子供がどんな顔をして暮らしているか?それだけが答え。そしてそれも誤魔化されてるかもしれないんだから、とても難しい。だけどよく子供を見るしかない。その表情に影がないか。それが毒親にならないただ一つの方法だと思う。監視や支配にはなってはいけない。よく見る。子供のために。自己満足ではない子育てを常に頭に置いて。見る。そして感じる。

 

 

 

自分の中で唯一及第点を出せるのが親という役目。それは多分にたおの性質に助けられてるし、嫁のおかげもあるんだけど、それでも及第点をあげても良いだろう。そのくらいたおは毎日楽しそうだ。

でもそれ以外は殆ど落第。そんな風に最近感じる。劣等生。まあ優等生だった事は殆どないから、いつもと変わらないんだけどさ。でも卒業まではまだ時間はありそうだから、諦めずにやりますよ。親の背中も見せなきゃいけないしね。自分なりに。