50(part2)

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今年50になった事が自分の中では凄く大きい事になってる。それまでは二十歳になろうが、三十路を迎えようが、40代になったって何も思わなかった。バカを承知で言えば、今の地点から激変した、急上昇した、希望的観測の世界を思い描く事が出来た。50になるまでは。

 

 

 

ところが50になり、家族もいて、子供も大きくなり、どう想像力を働かせても、今と激変した世界は想像できなくなった。それはきっと幸せな人生を歩む娘の顔、嫁の顔を見て、それを悪戯に壊したくない気持ちもあるのかもしれない。そして何より、50年間自分を見つめ続けてきて、自分の能力を把握してしまった気持ちになってる事がデカイ。センスもそうだし、メンタルもそうだし、技術もそう。この後ガムシャラに火が付く事も、お前の性格じゃないわな、ともう1人の自分が言っている。自分の事を家族のせいにするのは最低だと思ってるので、この自分を見限った感がとにかく大きくなっている。

 

 

 

この後、どんな事を考えて、どうやって生きて行こう?完全に迷いの季節に入ってる。プロとして音楽を作る事に腹を括る事も出来なかった。だけど自分の作品作りに腹を括る事も無かった。なんとなく音楽を作る事が大好きで、音楽を聴く事が好きで、のんびりしたまま50になってしまった。基本の生活は変わらない。嫁とたおがいる生活。あとは自分自身の事だけ。どんなスタンスで音楽を作ろうか?表現をしていこうか?表現のない人生は考えられない。アウトプットありきで生きてきた中で、アウトプットしない事は死を意味する。はぁ。全くはっきりしない人生だ。これは「人生模索中」というキャチフレーズでメジャーデビューした呪いだろうか?

 

 

 

同じレコード会社の同期で、同級生の小林建樹君からニューアルバムが届いた。彼は自分の音楽を作る事に腹を括っている。今回もらしい音楽だなぁーってニヤリとした。すぐに小林君のメロディーだとわかる独特な旋律。変わらない色気のある歌声。常に探究心を感じる、現代音楽まではみ出すサウンド。今回はさらに開けた感じもある。

 

 

 

なんとなくこの間の高橋徹也さんのライブといい、小林建樹君のアルバムといい、同級生からの、迷いの季節にいる自分への叱咤激励のように感じる。みんな頑張ってるよなぁ。才能の塊のような人達。そんな人達が自分を気にかけてくれてるんだから、少しはプライド持たないと。

 

 

 

40が不惑だっけ?50は何だ?天命を知るか。孔子的には。天命かぁ。デカイけど、そろそろそんな事も考えないといけないのかもねえ。音楽作って、文章書いて。やる事はわかってるんだけど。どこに向かってそれをやるか。そんなところかね。考えるべきは。