正解者なし

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正義とか正解とか、そういうものはだいたいが見方や角度、育って来た文化で変わる。なのにそんなものを断定的に、堂々と言える人が苦手だ。自分の正義としては間違ってないんだろうけど、こっち側の正義は考慮されない。

 

音楽にも正解はない。良いとか悪いとかも主観であって客観はあり得ない。良い音と悪い音もそう。まあ長く音楽を聴いていると、自分の趣味を超えてこれは良いもの、これはそうでもないものと判別はつくようになってくるが、そこにもやっぱり自分の趣味嗜好が介在してくるので、完全な正解ではないんだと思う。

 

ただ、ミュージシャンってのは自分の音を提示するわけだから、本来は俺の答えはこれだ!と堂々としてないといけない。それこそアーティスト!なんだろうけど、自分はどうしても自分はこれが好きなんですけど、どうですかね?って態度になってしまう。好き嫌いは堂々と言えるけど、正しいは言えない。これはダサいとかも言えなくなった。昔はもっと向こう見ずに言えたんだけどなぁ。何が変わったのか。

 

大人になるってのは狭い世界から広い世界に踏み出す事だと思う。すると狭い世界では当然だった事が当然ではなかったりする。そんな世界に触れると、真っ直ぐな物言いを躊躇するようになる。僕はまだこの場所から離れられないでいる。そして本当の大人というのは、それを踏まえ、批判も受け止める気概を持って自分の意見を言う人なんだろう。自分もそんな風になれたらなあと漠然に思っている。でも、実際にはそんな大人はあんまりいなくて、むしろ何も考えず自分の正義だけを押しつけて来る大人が沢山。あなたの現実をこっちに押しつけられてもなぁーなんて。

 

クイズの司会者みたいな人が出て来て「今日も正解者なし!」と叫ぶ姿が僕の目には映っている。大きな声で、ド派手な効果音と共に叫ぶ司会者。こんなにわかりやすく叫んでいるのに、隣の自称クイズ王には何も聞こえてない。見えてない。あ、次の回答ランプも自称クイズ王についた。僕には今日も回答権はなしだ。