仲良しである必要性

 

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村上淳浅野忠信オダギリジョーという僕らの世代のオシャレ番長俳優さんが揃った僕らの時代を見た。いやー3人とも雰囲気抜群、とにかくかっこいい。オダギリジョーCHARAUAと結婚してる2人を見て、俺もミュージシャンと結婚しなきゃいけないのかなぁ?って思ってたってエピソードが特に面白かった。まあ2人とも離婚してますけど。笑

 


それでなるほどなぁーって思ったのが、3人とも俳優の友達はいらないって言ってた事。いらないというか、仕事の邪魔になるって。嫌いな人を大好きみたいな演技をしなきゃいけないのが俳優だから、関係性が無い方がフラットでいられて良いって。演技をしたこともないから、そんな深い事はわからないけど、妙に納得してしまった。

 

 

 

それでは音楽の場合どうなのか?前に一緒に演奏した人に「俺は友達作りたくて音楽やってるわけじゃ無いから」って言われた事がある。とにかく良いプレイしてくれたら、音楽を作る為に集まったんだからそれで良いでしょ?って。音楽には友情は要らないのか?邪魔なものなのか?その時に凄く考えた。

 

 

 

確かに作品作り、音楽を形作る時には友情なんてのはなんの意味もないのかもしれない。良い音を鳴らしてくれたらそれで良い。でも、俳優さんの話と違うのは、友情があっても邪魔にはならないって事。別に仲良しだから音のジャッジがぶれることなんて無い。むしろ仲良くない人には言いにくい…とかはあるかもしれない。だったら仲良しになるのを躊躇する事はないよね。

 

 

 

これで考えたのはバンドの不思議。バンドってツアーを回って帰って来ると必ず演奏が良くなる。勿論何回も演奏するから、それで上手くなってるのもあるだろうけど、それだけではないと感じる。演奏には音以外に魂のグルーヴというか、そういう不思議なものがある。それがツアーを経験するとグッと高まるというか。そういう要素を感じる。

 

 

 

音楽を数学的なあれを足して引いてどうなるみたいに捉えてる人がいるけど、そんな単純なものじゃない。もっと訳のわからないものが音楽。その中に友情とか、仲が良い事で作用する事はあると思う。なので僕は仲良く出来ない人とは音を奏でてません。勿論音が最悪なら起用しませんが、面白いもので、音が嫌な人とは仲良くもなれない。音楽が嫌いだと人も好きになれない。まあこれは俺の心が狭いだけですけど(笑)

 

 

 

音楽って面白いよ。いくつになっても。何年経っても。そりゃ夢中にになるわ。