都内と田舎

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都会暮らしと田舎暮らしのどっちがよい?と言われても困る。埼玉の微妙な街の出身で、本当の田舎を理解してしてない上に都会人でもない。そんな微妙な立場の浦和人は、宙ぶらりんの気持ちを持っている。

ただ自分はネオンがないと生きていけない。飲み屋がない世界では無理だ。酒がないと生きていけないのではなく、飲み屋がないと生きていけない。ネオンにたがる蛾のように、毎夜毎夜つまみを貪る。

ただ、我が娘は新宿生まれ新宿区育ち、歌舞伎町をベビーカーでウロウロしていた生粋の都会人。なので田舎暮らしは考えられないといつも言ってる。

そんな娘がクマ出没のニュースを見るたびに、やっぱり田舎は住めない!クマ怖い!と言います。でも都会には都会の怖さがあって、そんなに変わらないんじゃない?と聞いてみた。だって都会ではヤバい奴と出会う確率が田舎より高いはずだ。すると返って来た答えが秀逸だった。

東京では確かに田舎より殺人は起きている。傷害事件も。でも、恨まれたり、交際のもつれとか、理由はあるじゃん。でもクマに人を襲う理由ないでしょ?食べ物とか腹減ったはそうだけど、具体的な動機がない。それって無差別殺人じゃん?と言って来た。

クマを無差別殺人鬼と捉えるとは。確かに東京で無差別殺人なんてそんなに起きない。なんか納得してしまった。いやクマは餌を求め、冬眠の準備がある。だから理由がある!と言われても、それは山から降りてくる理由で、人を襲う理由ではない。

無差別殺人鬼が昨日もあの交差点を歩いていた。無差別殺人鬼が隣の役場に現れた。確かにそう捉えたら怖くてたまらない。都会のど真ん中でそんな事を考えた。都会の方が何倍も怖いわ!と田舎の人は言うだろうけど。

田舎暮らしか。あまり考えた事も無かった。今の夢は、家の近くでスナックをやる事。田舎暮らしはまた遠のいた。我が家はずっと都会で暮らす流れ。シティージジイになって、音楽作って、レコード聴いて暮らす。そんな未来が見えている。クマとは縁が無さそうだ。

あっち側

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昨日は京都で会議が2つ。終わった後は京都で美味しい焼き鳥を食べた。酒飲んで美味しいもの食べるのが一番幸せ。そんな時間を過ごしながら、色々相談にも乗ってもらった。良い時間が過ごせた。

 


最近気になる言葉がある。それは「あっち側」という言葉。その言葉は自分の所属してない側を指し、その言葉の端にはどこか敵対めいた感覚を感じる。右と左は典型だけど、様々な言葉で人が分けられていく。そしてその総称として「あっち側」という表現が用いられる。

 


「あっち側」と言った瞬間に、スパンと世界が分かれてしまう。すると急に対話は難しくなり、その線を越えるのが大胆な行為、または裏切り者の行為にのようになっていく。その線さえなければ、なんて事ないのにな。そんな風に感じる事がよくある。

 


正直裏切られたと感じる事なんてあるし、この人マジか…って感じる事もある。でもそれで「あっち側」認定をして、感情に任せて「あっち側」の人をやりこめて、全てをぶち壊してしまった人を見た。そんなのは意味がない。その人と2度と会わないならそれでも良いが、一緒に仕事をしていくなら未来を全て潰しているだけだ。その感覚がない人は攻撃的に「あっち側」へ対峙して、自己満足以外に何も生まない勝利を得て、周りに緊張感を残して迷惑をかける。そんな事は誰の為にもならない。

 


人間関係の中で、100対0で向こうが悪い事なんてなかなかない。そのくらい悪の権化みたいな人だったら、確かに付き合わない方が良いと思う。でもそんな人いるかな?普通に暮らして出会う人の中で。なので自分は極力「あっち側」という感覚は持たないようにしている。そりゃ神様じゃないから、そう思う時はあるよ。でも、自分でそのアラートを感じているかいないかで、対応は変わる。

 


そんな事を噛み締めながら、新幹線は東京に向かってグングン進む。京都は外国人旅行者でいっぱいでした。こっち側に来てくれた人は大切にしたいかな。

 

情報漏洩と脱成長

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毎日毎日続く情報漏洩のニュース。今漏洩してるのは名前と住所や電話番号、何かのパスワード、最悪写真くらい。大した事ないなんて言ったら怒られるけど、毎日スパムメールを削除するのが日常になってる自分としては、焦りもない。不安側の人はあの何千万、何億の漏洩した人の中から、自分の情報が悪用される!と想像するんでしょうけど、その可能性に怯えて暮らすのは、なんかバランス悪い気がします。可能性はあるってだけで、確定ではない。でも銀行の勘定系システムなどがハックされたら大問題。そしてそれが起こらないなんて呑気な事も言ってられない。

今はAIで攻撃をして、AIで攻撃をブロックする。もう人間の知恵の及ぶ範疇を超えてしまって、何かが起きる事を防ぐ事も出来ない。AIの専門家の人がそんな話をしていた。そしてシステムに組み込まれた僕らの暮らしは、そこから離れる事も出来ない。AIの息の根を止めるには電気を止めればいい!え?それでどうやって暮らす?って事。そりゃイーロン・マスクやサム・アルトマンみたいな、狂気を感じる人達でさえ成長をとめるべきという話になる。

でも国の競争の中核にAIは存在してるから、アメリカと中国はそのチキンレースを止める事が出来ない。結局、人間を窮地に追い込むのは人と人の争い、コミュニティの争いなんだなと感じる。国の違い、文化の違い、言語の違い、宗教の違い、もっといえば宗教の解釈の違いが争いを生む。

人類の成長はその争いもガソリンにして進んで来た。もっと突き詰めれば欲望がそのガソリン。欲望が人類を進めてきたとも言える。しかし、その欲望をコントロールするのは難しい。それが出来れば、争いも減り、人類の凪の時代が来るのかもしれない。でも現状維持は低下を招く。成長も進化も放棄する事を意味する。もちろんそれで良いのかもしれない。もう人生の短い僕らの世代はそれで良いだろう。でも若い世代の希望はその場合、どこにあるんだろう?脱成長と言われて、すぐ首を縦に振れる人は少ないと思う。

結構待ったなしの時代が来てるように思う。子供の未来を憂う立場の自分は、未来なんてどうでも良いよ!とは言えない。そして答えはもちろん、ベターな選択も思い浮かべられないでいる。

バンドでしか鳴らせない音楽

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昨日はマドラスとウィルベリーが共催するイベントのゲストがハックルベリーフィン!3バンドとも繋がりのあるバンド。行かないわけにはいきません。本当は我が家と近所の髙橋家との食事会があったんだけど、ライブを優先。そっちも楽しい夜になったみたいだから良しとしよう。家族ぐるみだから俺居なくても問題ない。

トップはマドラス。いつも通り、絶妙なポップネスを含んだロックンロールをぶちかます。今回感じたのは、木下君のギターって爆発するタイプなのに実は安定感あるよなーって事。木下君が不調ってことない。それに対して安定感の塊のようなリコ君のギターだけど、今回は「closer」のギターソロで大爆発!いつも「俺は縁の下の力持ち」的な匂いがしてたけど、今回はグッと前に出た。1つまたバンドが進化した。

先日ライブで会った前のドラマー、みつきちゃんが「マドラスがどれだけ高いレベルを目指したのか、今はわかります」と言ってた。まだ進化するんだなぁ。

そして次は昨日のMVPのライブをしたハックル。もうみんな大絶賛。バンドサウンドの高みを見せつけられた。有機的なサウンドとはこういう事。兄弟と幼馴染という関係じゃなきゃ出来ないのでは?と感じるレベルの以心伝心。しかもそれがポップとして表現されてるのが良い。自分たちの演奏良いでしょ?という自己満足感がない。その上で色んなアイデアが詰め込まれてて、バリトンギター出てきたり、シロフォン使ったり、音楽してるなーって見ててずっとニコニコしてた。

全員凄かったけど、特筆すべきはハジ君のドラムかなぁ。気が狂ってないキースムーン。ハックルは本当にみんな上手い。それでいてスタジオミューシャンの匂いが全くしなくて、骨の髄までバンドマン。そこがバンドマンに支持される所だろう。みんなに「俺ハックルの事務所の先輩!」って自慢して回った。笑

そしてその素晴らしいライブを受けてのウィルベリー。楽屋に行ってボーカルのジョウさんに「この素晴らしいライブの後は嫌だねえ!」と煽りに行った(笑)ジョウさん苦笑い。でも俺は知ってる。他のバンドが良かった時のウィルベリーは絶対に外さない。

昨日も素晴らしかったなぁ。そしてジョウさんの歌のグルーヴがバンドのグルーヴになってる事に気がついた。だからあの何とも癖のあるグルーヴになるんだ。今回もフロアに火をつける、熟練の放火魔ぶり。フロアぶち上がり状態。

あ、あとジョウさんの弾くエレキ良かった。歌とストロークがグルーヴを生んで、バンドサウンドがカチッとするんだよね。接着剤みたいな存在。

いやー楽しくて飲みすぎたなぁ。良い夜。ペンギンの話も結構したな。今日はちょっと頭痛い。それでも良い夜だった。うん。

厳しいカスタマー

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今日も仕事を粛々と終え、1番好きなバンドthe MADRASと、1番面白いボーカリストのバンドWillberry、そして同じ事務所だった実直な実力派バンド、ハックルベリーフィンが揃う最高のライブに行く為に下北沢へ。ライブ前はレコード屋と1人飲みがセット。レコード屋はこの前行ったばかりなので、驚く出会いは無し。

そして下北沢でライブとなったら良く行く馴染みの店へトルネードイン。しかし、お客が少ない…。何となく不吉な予感。そして予感は的中。実際に運ばれた料理と値段を考えると、首を捻らずにいられない。これは最近自分が情報収集を怠らず、優良店ばかり行ってる弊害もあると思うけど、このクオリティでは納得しない。晩杯屋の値段でないと無理。そんな舌が肥えてしまった自分が恨めしい。こんな事は言いたくないが、昔はもうちょっと美味かった。口うるさいカスタマーは、もう戻って来ないかもしれない。飲食店は気が緩むと急に味が落ちる。恐ろしい。

現状維持というのは、実は難しい。何もしなければ落ちていき、上を向く努力をしなければ、現状維持も出来ない。これはどんなことにも当てはまる鉄則。汝努力を怠るなかれ。音楽も今のままで良いと思ったら、クオリティーは瞬く間に落ちていく。全てはそんな恐ろしい法則で動いている。努力って上に行くためのものじゃない。今をキープする為に必要なもの。

美味しいものが大好きなので、美味しいものを作る店、しかもそれを思ってる値段より安く提供する店には特大のリスペクトをしている。しかし、それは逆に払ったお金の分のクオリティーは求めるって事。自分でも思うけど、カスタマーって恐ろしい。緩みを許してくれない。まあそれはどの職業も一緒か。音楽でも気を抜いた曲は許されない。ライブ前に酒を飲みながら、襟を正している自分がいます。ちゃんとしないと!

未完成で走る

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音楽でも人間でもなんでもそうだけど、完成ってなんだろうか?

基本的に全てのものは「一旦」完成だと思ってる。音楽は締め切りに巻き取られて一度完成する。でも音楽家ならその次の日、いや次の瞬間には改善点を見つけ、自分にとって、その楽曲は未完成となる。

人間なんてもっとそうだ。子供の頃は大人は完成されている人格だと思っていた。ところが実際になってみるととんでもない。未完成どころか綻びだらけで、それをどう繕って前に進むか?自転車操業しながら悩んで学んでを繰り返すのが大人だ。人間だ。

どんな人もどんなものも途中なんだと思ってる。料理は完成して胃の中に入ればそれで一回終わり。でもその舌に残る改善点のアイデアは次に続き、胃の中の料理は未完成として扱われる。道半ばの連続。

そしてその途中のどこかで人は死ぬ。死んだ時、誰かから見たらその人の人生は終わりであり、完成したんだと思う。でも自意識の中ではどうだろう?きっと死ぬ間際まで、あれをこうしたら、あそこはこう変えたら、あれは違う、これも違う。そうやって死んでいくように思う。みんながみんな途中。中途半端。未完成。

それなのにみんな自分が完成してるかどうかを気にし過ぎている気がする。完成なんてどこにも存在しない。完璧なんてもちろん存在しない。未完成のまま走る。走りながら完成を目指す。ところどころで区切りが来て、まるでそれが完成かのように切り取られることはあるけれど、それも本当の完成ではない。すぐにまたそれは未完成に戻る。

未完成で走る。その繰り返しの姿の連続性が、完成形に見える時はあるかもしれない。でもそれも一瞬。すぐに通り過ぎる。やはり最後は未完成。でも、完成を目指して走ることは重要。未完成でいいやってことじゃない。

今の所、そんな考えが自分の答え。

1人飲みオーラ

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先日上野に行った。前から飲み屋が凄い事になってるのは知ってたけど、更に飲み屋が大増殖!もう昔の魚屋とか乾物とかが並ぶアメ横の風景は減って、ほとんど飲み屋街になってる。しかも昼飲み天国。昼飲みは、真人間のやる事ではない!というイメージだった。昔は。でも今では凄まじい人達が昼飲みをしている。市民権を得るとはこういう事か。

自分は1人飲みで良く立ち飲み屋に行く。たまに1人で立ち飲み屋に入って来る女の人がいるけど、大抵どこかカッコいい雰囲気を纏っている。あれはなんなんだろう?ただ1人で酒飲んでるだけなのに。大した事をしてるわけではない。でも1人飲みには何かのオーラを宿す力がある。1人で立っている人の独立したオーラがそこにはある。誰にももたれかかっていない、しっかり足を踏み締めた人だけに宿るオーラ。酒飲んでるだけのくせに。

今日は昼に会議と取材を無事終えて、夜は友達のライブを見に渋谷へ。レコード屋に寄ってから、飲み屋へイン。立ち飲み屋ではないけれど、前に行って気に入ったお店へ入った。周りはみんなカップルかグループ飲み。おじさんは1人喧騒の真ん中で静かに飲んでいる。周りには寂しいおじさんに見えているのだろうか?それとも独立したおじさんに見えているのだろうか?誰にも姿が見えてない気もするが、おじさんは気にしない。

ここは料理が美味い。一番大事なのはそういう事だ。ゆっくり飲んでライブに行く。みつきちゃんの歩くようなドラムを今日は聴くんだ。久しぶりだな。楽しみ。