育児休暇延長戦

 

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ウチの嫁の在宅が3週間目に入った。某大企業にもう25年近くお勤めなので、こんな時も会社の対応は手厚い。ミュージシャンなんていう不安定極まりない夫にとって、ライナスの毛布のような存在。体型的にはライナスの羽毛布団って感じだけど。笑

 


なので自分が出かけている間、嫁はたおと2人で過ごしている。この光景を見て

ふと思った。これは嫁にとっての育児休暇延長戦なのでは?と。

 


会社では不思議な事に、子供のいる家の「お母さん」が優先的に在宅に回されたそうだ。なのに「お父さん」はその対象に入れてもらえてなかったらしい。男性の育児が!なんて唱えてるけど、まずこういうところだよね。意識改革。

 


でも我が家では、育児はお母さんだけがするものではない。僕も育児を主体的に担っている。

そのスタートラインは自分の育児休暇。嫁が1年に渡る出産にまつわる休暇を終えても、2月生まれで1歳未満のたおは、入れる保育園が近くになかった。それならと僕は社内初の男性育児休暇を取った。しかも3ヶ月。それが僕のここまで子育てにのめり込む原点。

 


しかし、それによって嫁から奪ってしまったものがあるといつも感じていた。たおがお父さんにベッタリになるにつれて、母性を発揮する機会が減ったのは間違いない。手を繋ぐ時は必ずお父さんだったし、電車で隣に座るのも、車で隣に座るのも、必ずお父さんだった。

 


だから今回の在宅で、会社に行かなくて良いという事以上に、どこか嬉しそうな嫁の顔が見れたのは良かった。こんな時期に不謹慎なんだろうけど、我が家の空気はホンワカしている。たおもお母さんとの毎日が嬉しそう。2人で料理したり、勉強見てもらったり。一輪車の練習も、ストレッチなんて2人で並んでしてる。まあそれでも三日に一回、いや二日に一回は大喧嘩が始まるんですがねて。2人とも激しい…。苦笑

 


そんな事を子育てしながら思ってたんですが、そんな様子を今回書いた小説にも忍び込ませてます。小説の1割くらいは本当にあった話。なので僕ら家族の顔を思い浮かべながら読んでもらえたら、それは違和感もないのかもしれません。

 


親子の、娘と父親の、そして夫婦の物語。

 


「たまことおとん、そしてママ」

 


是非読んでみて下さい。

 

 

 

https://sutekibungei.com/novels/b77bf79a-fce4-45db-962b-60d0f05f3112

「たまことおとん、そしてママ」

 

 

 

僕の生活全公開なSNSを見慣れている人にはわかりやすいと思いますが、僕は子育てを全力で行っています。なぜにそんな風になってしまったのかは全くわからず、これは人間の本能なんだと受け入れている毎日です。

 


そしてそんな本能に従った生活に着想を得て、この闇雲に子育てをしてる自分の姿を投影した小説を書いてみたらどうだろう?とアイデアがムクムク。そのアイデアをあーでもないこーでもないとこねながら、地道にコツコツ書き続けていました。地道に。

 


そして遂に「子育て」と「親」という存在にスポットを当てた小説が完成。しかし僕は小説家ではないので、どうやってみんなに届けるかな?と思っていました。

すると仲良くさせて貰ってる小説家の中村航さんから「ステキブンゲイ」という文芸の小説サイトに投稿してみない?とのお誘いが。これは乗るしかないのでしょう!ねえ。

 


という事で、今日から公開になります新しい文芸サイト「ステキブンゲイ」にて、僕の作品「たまことおとん、そしてママ」が公開されました!!わお!

 


一応小説的には二度目の執筆ですが、前のは小説書く練習のつもりだったので、自分的にはこちらが処女作のつもりです。自分にしか書けない、父親と娘、そしてママとの物語。自分を投影した架空のストーリーです。是非読んでみて下さい。

 


よろしくお願いします!

 

 

 

https://master.d11dup00dxans1.amplifyapp.com/novels/b77bf79a-fce4-45db-962b-60

神様案件

 

 

 

 

 


これだけコロナが拡大化すると「神の見えざる手」説を唱える人が出てきます。神様の意思である!ってやつね。

 

 

 

もし今回のウィルスを神の意思と仮定した場合、まず第一に高齢者が重篤化する状況から鑑みて、人間寿命伸びすぎ!と神様が言っているように思えます。本来歳を召した方は敬うべきだし、英知を与えてくれる存在でもある。でも見え隠れする老害的老人。政治家、無謀運転、さらには現代のテクノロジーについていけない為に足かせになってる人達。そんな人達を排除したくなる気持ちはわからんでもないけど、優しい人やら大事な人まで無差別に命を奪っていくのが神様の意思だとしたら、それは乱暴過ぎます。

 

 

 

そして日本で言えば今回キーとなっているのは海外からの帰国者。このタイミングでの感染者急増は春節での中国からの旅行者が原因というよりも、まだパンデミック状況が表面化してなかった頃に欧米に行って帰国した人が原因の可能性が高い。そんな人に罪をなすりつけるのが神の意思だとしたら、海外に出て行く積極的な人、行動的な人を罰するという事になる。人間を進化させないように考えてるとしか思えない。

 

 

 

更に言えば外に出て行動する人に対する風当たりはとても強い。まあパーティーピーポー的な人はちょっと目障りに思う事もあるけれど、外交的で社交的な人はいらないという事ならば、人間同士の交わりが少なくなり、それこそ子供が生まれず少子化が進み、人口の減少が起きる事になる。人多すぎ!って事か。神様よ。

 

 

 

そうすると神様はどんな人をこの世界にに残したいのか。どんな社会を求めているのか。それを色々考えても、どうしても辿り着いてしまうのははひきこもり。家から一歩も出ず、買い物はネットで済ませ、人とも交わらず、人口も増やさない。今回生き残る可能性が高いのはそんな人。神の意思ってそこ?それが神様の意思なの?なんなん?

 

 

 

僕はどちらかと言えば無神論者。天に向かって唾を吐く側の人間。死んだら土になるだけ!って母親に教わった人。だから今まで書いてきた事は全く信じてない。神頼みはするし、お墓参りもするし、占いも好きだけど、神様の意思で何かが動くとは思ってない。人々の汗と涙と幸運が、怠惰と冷徹と不運と対決しながら動くのが世の中。神様に入る隙間なんてありゃしない。

 

 

 

なので今は汗と涙と幸運が劣勢なだけ。なんとか受け止めて跳ね返すしかない。受け止める時は肩を寄せ合って。必要なものは分け合って。誰かのせいにしてる暇はない。

 

 

 

まあでもお肉券とお魚券とか言われたら力抜けちゃうから、ホントになんとかして欲しいけれども。これは空気悪いから笑わせようとしただけだよね?それゃそうだよねえ?え?本気!?

ソロデビュー延期

 

 

 

 

なんだかさらに大きくなってきたコロナ騒ぎ。しょうがないとは思うけど、切なさを殺せない。ライブハウスは名指しされるしさ。それで補償が和牛って…。コントじゃないんだから。和牛は漫才だぞ。だいたい。

 


コロナの影響は色んなところに出てますが、我が家のとにかく明るいたおさんの一輪車生活にも大きな影を落としてます。パンツ履いてるのに。安心してよ。

 


まず体育館の使用が更に延期。これでまるまる1ヶ月以上チームの練習が出来ず。来月中旬まで体育館使用中止が決定しました。

そして遂に!という感じで決まっていた一輪車ソロ演技への挑戦も、大会自体のソロ部門が中止となり、たおのソロデビューはお預けとなりました…。この間の長野では体育館も使えたので、曲に合わせて使う技の構成も確認したのに。ジャンプアップも出来たし、技のレベルアップも出来そうだったのになぁ。くそー。

 


まあ大会自体が危ういし、多分オリンピックと同じ時期にフランスで行われる予定だった世界大会も中止の可能性が高い。全国大会もどうなるか。この状況じゃしょうがないとは思うけどね。しかし今のチームの素晴らしい団体演技、結局一回も本番で見れてないよ。豪雨とコロナに阻まれて。なんだかなー。阿藤海もそりゃ嘆くわ。もう。

 


そんなこんなですが、音楽を作れる事だけが救いです。音楽は自宅待機でも作れるからね。我が家は安泰の職業の嫁もいるし、コロナの影響は少ない方。周りの音楽関係者の行き止まり感と言ったら…。なんとかならんかね。

 


感染力は強く、だけど若者は感染しても自覚症状もない事が多く、でも高齢者は感染すると重篤な状態になる可能性が高いって、どこまで意地悪なウィルスなんだよ。本当に精神的に追い詰めるつもりか?

 


でもこれで連帯の心が失われるのだけは避けないとね。それこそウィルスの思うツボって感じだよ。ウィルスも生き残りに必死なんだろうけど、こっちも生き残りに必死なんだよ。負けてられない。敵はウィルス。出来ることを粛々と。全人類アライグマ宣言で手洗いを。

同級生の怪物達

 

 

 

 

 


僕の敬愛する同級生シンガーソングライター高橋徹也さんの傑作アルバム「怪物」にコメントを寄せました。いつも通りに暑苦しい文章ですいません。

 

 

 

https://gamp.ameblo.jp/tetsuyatakahashi/entry-12582643608.html?__twitter_impression=true

 

 

 

そのコメントメンバーを見て目を丸くしました。自分がリスナーとして聴いてきたメンバーがズラリ。サニーデイの曽我部さんやヒックスヴィル木暮さん、ピロウズさわおさんと並ぶとは!

 

 

 

昔、川村カオリさんのアルバムに曲を書いた時、僕のデモのギターが良いのだけど味がありすぎて(微妙に下手過ぎて)再現できないという理由でギターを弾いた事があります。その時のアルバムクレジットのギタリスト欄を見てびっくり。布袋さん、ベンジー西川進さんとか一流ギタリストの中に自分の名前が!その時と同じくらいの今回の違和感。嬉しい違和感ですけど。

 

 

 

いやしかし「怪物」良いです。同級生がこんな作品を作ってくると刺激になります。

同じくコメント欄にいる同級生の曽我部さんはサニーデイの新作でビビットなアルバムを作ってくれた。

もう1人の同級生、セロファンカスタネッツで活躍したケンさんからも新作「black album」が届いた。Jディラのズラし感とジャックジョンソンのアコースティック感、そこにトロイモア、ハイラマズ辺りの音響を混ぜ込んだようなポップソング集。それでいてメタリカ的なハードロック感がどこかに感じるのが不思議。これもまた刺激。

 

 

 

同級生というのは常に気になる存在。元darioの鬼才ギタリストにしてエンジニアのMOGさんも水面下で動いてるみたい。元エプブレの佐山さんも同級生で、今はNINEDYNEなるバンドを立ち上げて動き出すところ。50を前にしてみんな精力的。

 

 

 

これは負けてられないよね。それぞれに活動のスタイルはあり、それぞれフィールドは違うけど、刺激を受け合って活動してる大切な存在。自分的にはそろそろ一発ヒットでもかっ飛ばしたいですな。それが彼らと競い合える唯一の場所だと思うから。やるぜ。

たおが飛んだ!

 

 

 

 

我が家の元気印、愛娘のたおさんですが、一輪車の大技、ジャンプアップを習得すべく頑張る日々が続いてました。前のチームを辞める頃から挑戦していたのでかれこれ約半年。とても長い旅路。

 


ジャンプアップ、通称ピョン立ちという技は、一輪車を漕ぎながらペダルの上で飛び上がり、サドルのある軸の部分に着地する技。これが出来て初めて上級者の戦いに参加出来る。そんな登竜門的な技です。

 


他の技に関しては、体幹が良いのかそれほど苦労する事なく習得してきたと思います。スピンも全国レベルが1分間に120回と言われる中、現在111回のたおはもう手が届く位置まで来てる感じ。なのでジャンプアップさえできれば…という状況でした。

 


しかしこれがなかなかうまくいかない。最初は肋木に両手をつかまりながら、その後は片手、その後は動きながら片手、そして人に引っ張ってもらってと段々難易度を上げます。1ヶ月ほど前には引っ張ってもらってならかなりの確率で出来る様になって来ました。

 


しかし、ここでコロナの影…。体育館が使用出来なくなり、練習がままならなくなります。それでもたおは毎日家の前で練習しました。くるぶしはサドルの軸にぶつけまくってアザは当然、腫れ上がる事も何度も。でもたおは泣き言も言いません。「たおは一輪車なら痛くない」と豪語。事実他のことでちょっと指から血が出ただけで号泣(笑)でも一輪車の痛みは耐えられる。

 


勿論長野に帰省する事になっても、一輪車持参です。長野には車も来ない農道がたくさんあります。山に向かってダッシュしながら、練習をします。

 


それはお父さんお母さんを引き連れて、農道を走りながら練習している時でした。ちょうどサイクリングロードが近くにあり、整った舗装の場所を練習場所に決めてジャンプアップを繰り返します。

勿論最初は出来ません。しかし、少しずつ形になってきます。僕ら夫婦も、お?と思ってました。

「じゃあ動画撮るからそれ見てフォームを研究しよう」

と僕はスマホを構えます。そしてやる気満々なたおは走り出します。ペダルを強く踏みながら、体のバランスを整えます。お腹に力を入れて、足が重力に反発した瞬間!

 

 

 

たおが飛んだ!

 

 

 

たおは見事に飛び上がり、目標地点に着地!ついにジャンプアップが成功した瞬間!たおは勿論、僕も嫁も飛び上がり大きな声をあげます。

 


「出来た!やった!たおやった!」

 


たおが壁を越えた瞬間でした。たおも満面の笑み。保育園の時、飛べないで散々泣いた飛び箱を、運動会の当日だけ成功した事を思い出します。しかし今回はあんな奇跡ではありません。その後また飛んでも成功を繰り返します。翌日の体育館での練習でも見事に成功しました。そう、たおは努力で、実力で、この成功を手に入れたのです!

 


一輪車の道はまだ始まったばかりです。この後はジャンプアップした後にY字バランスしたり、ビールマンしたり、それで回転したり。さらにはバックでジャンプアップしたりと、挑戦すべき技がまだまだあります。でも今回の苦労を思えば、頑張れるんじゃないかな。そんな風に思えるくらい、本当に長い道のり。でも乗り越えた。これは自信になるかなぁ。

 


人が何か闇雲に、ガムシャラに、方法論を超えて頑張った先に得たものは、大きな財産になると思ってます。努力が実るという経験。親が最もして欲しい事。それを今回たおが成し遂げてくれました。本当によく頑張ったと思います。

 


今回は頑張ったエネルギー、たくさん溜まった気がする。そのエネルギーは必ず何かに役立つよ。凄いなたお。

生きる価値を決めるのは?

 

 

 

 

死刑で結審したやまゆり園の大量殺人事件。接見を重ねた、自身も障害者の子供を持つ教授の言葉が重く響きました。

 


あの犯人が許されないのは当たり前の話です。個人的には心身の喪失云々も殺人を犯す精神状態がまともな訳はなく、殺人に関してはそこを考慮に入れなくても良いのでは?と思っています。個人的な感情で、倫理的感情ではないので、議論するレベルにはないですが。

 


問題は犯人個人の事ではなく、この今の世界に流れるムードです。僕もずっと気になってる事。教授は、なぜ彼があんな考えに取り憑かれたのか、しかも「僕の考えへの賛同者も沢山いるんです」と力強く言えたその根拠。それを明らかにしないことには…と力説してました。

 


最近は必要か不要かで切り捨てられる事が多すぎる気がしてます。ホリエモンこと堀江さんが、仕事をしないおじさん達をどうにかして一掃出来ないかライブドア時代に考えていて、それが今回のコロナ騒ぎのテレワークで達成出来るかもしれない、と言ってました。いらない人を炙り出せると。これは経営者の視点で見れば至極真っ当です。でもこの論理を一般社会にまで当てはめている人が多すぎるように感じます。

 


この人は社会に貢献出来ている。それを誰が判断するんでしょうか?企業だったら利益を生み出す人です。その仕組みを作れる人です。でも、生きるということはそんな単純な事じゃない。いてくれるだけで嬉しい。そんな闇雲な感情だってあるんです。その人の価値はいろんな人の考えや感情が入り混じって決まるんです。そしてどんな命にも誰かから見たら価値があるんです。極論すればこの犯人の命にだって価値がある。そのくらい命には価値がある。

 


この事件のニュースを見ながらそんな話を小学校四年生の娘にしました。訳がわからなかったろうけど、お父さんが真剣に考えてる事は伝わったと思います。そして自分が今持ってるもの、置かれてる環境はとても幸せであることを忘れないように言いました。黙って頷く顔はまっすぐ前を見てました。

 


社会的に見たらダメな人を不要だとは思いたくないです。無駄が色んなところに見える世界を愛してます。世界が快適に美しく調和する為に、そういう人が排除されるのなら、僕は多少の不便は受け入れたい。完璧な世界は求めない。

 

今回の事件はとても、とても考えさせられました。生きる価値は誰かに決められる事じゃない。